早春譜
 急いで二人が駆けつける。
でも女性は手を払いのけ、尚も進もうとした。
そして力尽きてとうとうそのまま道路にうずくまってしまった。

女性は息も絶え絶えの中大きなお腹をさすっていた。


すぐに公衆電話を探して救急車を呼んだ。

そして到着を待つ間必死に呼びかけた。




 女性も妊婦だった。

何度か病院の待合室で一緒になった、正樹の同級生・結城智恵(ゆうきちえ)だった。


親に捨てられ、施設で育った。


『本当の出身地はコインロッカー』

正樹の前ではそう言って笑ってた。

強がりだと知っていた。
だから尚更守ってやりたかった。
正樹の初恋の相手だった。


だからと言う分けではないけれど、再会した時は嬉しかった。

自分のことのように喜んだ正樹。

やっと智恵に出来た本物の家族だったから。


余りにも正樹が嬉しそうだったので、初対面ではなかったが智恵のことが気になった珠希。


『ねえ。どなたなの?』
と正樹に尋ねた。


『彼女は結城智恵さんって言って、俺の初恋の人だ』
そう、答えた正樹。


『正直者だね』
珠希は笑っていた。


『そう、馬鹿が付くほど』

珠希は独り言を言った。
それは正樹に聞こえなかった。




 出産後智恵は息を引き取った。


正樹は智恵の育った施設を訪ね、パートナーが既に亡くなっていることを知った。


身よりのない智恵が産んだ女児を正樹夫婦は三つ子として育てる決意をした。


それが美紀・秀樹・直樹の真実だった。


「やっぱり似てきたんじゃないのかな? ママの仕草と母の顔……」

正樹はそう言いながら涙ぐんでいた。


「態度はママ譲りだよ、間違いなく。やはり傍にいる人に似るんだな。何かドキンとして気まずかったよ今日。美紀がお前に見えて……。お前そのものだったから」


正樹はさっき立てた線香に再び合掌した。


「あっそうか?」
正樹はそう言いながら遺影を又みつめた。


「これか……!?」
正樹は美紀が珠希に見えた理由をその中で知った。

美紀は珠希と同じヘアースタイルだったのだ。
美紀は何時もはツインテールだった。
でも今日はストレートヘアーを下ろし、一つに纏めていたのだった。


「そうか美紀も大切に思っていてくれたのか」

正樹は美紀の心遣いに感謝していた。

今日は正樹にとって大事な日だったのだ。

そう……
その日は何時も美紀は珠希と同じヘアースタイルにするのだった。



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