早春譜
 「もしかして、カーブだった?」
でも、直樹の指摘に言葉を失った。


「カーブは投げ方を誤ると肘や肩に大きな負担がかかるって言われたろう?」


「うん。俺の場合、手首をひねって親指が上に来るから危険なんだって」


「――ったく、しょうがねぇな。解ってて遣るから始末悪いよ」

直樹の言葉に秀樹はグーの音も出なかった。


「コーチが言っていたよ。外に向かって曲がるボールだから、その方向に手首をひねってしまうって。ストレートと同じでいいのにって」


「えっストレートと……」


「だから、まずはストレートなんだって」


「基本か?」
直樹は頷いた。


「トップの位置で手首を内側にロックして、親指が下に向くようにリリースすれば、負担はかなり軽減されるって」




 早速ホームベースに向かってカーブを投げてみる。
でも……
親指を意識し過ぎて、ベースの手前でバウンドした。


(力不足か……いや違う。基本を忘れていたんだ。そうかだからキャッチボールなのか?)


秀樹はやっと、コーチの言った『基本はキャッチボールと遠投』の意味を理解した。

直樹に向かって、ただ無心に投げていた子供の頃を思い出しながら。


そして自分の心に決着を付け、やっと覚えたカーブを封印することを決めた。


『あのコーチに付いていけば、甲子園だって夢じゃないよ』
昨日直樹が言ったその言葉を信じてみようと思った。

それは秀樹が少しだけ大人になった瞬間だった。




 本当は解っていたことだった。
でも忘れていたのだ。


(あー、何遣っていたんだろ……)

秀樹はその時、自分を過大評価していたことにも気付いて苦笑いていた。


もう一度マウンドに立って直樹を見つめた。

ありがとうと言いたくて。


「基本はキャッチボールと遠投か」

秀樹はその意味を模索し初めていた。
そのためにもう一度目を閉じた。
無心になりたくて。


「直樹わりー。もう少し付き合ってくれ」
秀樹はそう言うと、子供の頃二人で遊んでいたキャッチボールを思い出していた。


(最初はグラブなんて無かったな。でもあれはあれで楽しかった)


グラブを外し、お手玉のようにボールを上に投げては取る秀樹を直樹は首を傾げながら見ていた。


(もしかしてキャッチボールか?)
直樹はその答えに満足するかのように、身構えた。

何時ボールが飛んで来てもいいようにと思って。




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