早春譜
 「あ、そうだ思い出した。あれは、先生方に対するアピール作戦らしいよ」


「アピール?」


「だから本当は携帯は持ち込み禁止じゃなくて、授業中に遣らなきゃいいってことらしい」


「えっ、んな馬鹿な」


「四月生まれのヤツは十八禁も見られるんだ。チラ見したけど、物凄くエロチックだったな」


「呆れた。そんなことしてるんだ。スマホを持ち込み禁止にしたくもなるわね」


「それを今日決めるって言ってた気がする」


「私何も知らなくて……、――って、何で言ってくれなかったの!!」

美紀の剣幕に秀樹はたじたじになって、慌てて其処から逃げ出していた。


美紀が怒るのは当然だ。珠希の形見の携帯を家に置いてきたからだった。




 兄弟の通っている高校は、県内では名が通ったスポーツ校だった。
秀樹と直樹は野球部に所属していた。
美紀はソフトテニス部。
国体選手だった母の珠希に憧れて選んだ道だった。




 五年前亡くなった珠希は中学で体育教師をしていた。

プロレスラーの正樹のサポートしながら、ソフトテニスの顧問もこなす。スーパーレディだった。


珠希が実の母でないことは知っていた。
だから時々、自分には才能が無いと落ち込む。


でもそこは、珠希の背中を見て育った美紀。

何事にも負けない根性だけは備わっていた。




 改めて美紀はフェンスの向こうに目を移した。
其処には秀樹と直樹が見えた。

秀樹はグランドで女房役の直樹相手にウォーミングアップをしていたのだ。




 秀樹は豪速球を売り物にしていた。
勿論捕球は直樹の担当だった。


『基本はキャッチボールと遠投』
そう新コーチに言われた。


(その位解ってる)
秀樹は思う。
でも……
早く変化球を覚えたくて仕方ない。


昨日イヤイヤ、言われた通りキャッチボールをした。


『ストレートもまともに投げられない奴に、変化球が投げられる訳がない!』

投げやりな秀樹の態度を見たコーチに、そう指摘されてしまったのだ。


(もうー!! 解ってる! 解ってる! 解ってるよ!!)
秀樹はヤケになっていた。


だからついムキになって、カーブを直樹に向かって投げた。

でもそれはすっぽ抜けた。
慌てて直樹がボールを拾った。


「兄貴どうした?」
直樹が心配して、マウンドに駆け付けた。


「いや、何でもない……」

そう、言おうとした秀樹だった。


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