早春譜
 詩織は自転車置き場に向かう途中、野球のグランドがすぐ近くにあることを知った。


思わずフェンスに駆け寄る詩織。
そして秀樹のピッチングに釘付けになった。
いい意味ではない。あの癖のせいで、最悪なフォームだったのだ。




 「あの子何か無理してない?」

思わず其処にいた人に声を掛ける。


「あの子の投げるボールは外に向かって曲がるの。だから、その方向に手首をひねってしまうみたいね。本当は危険なのよ」
そう、それがあの癖だったのだ。


「えっ、そうなの?」


「あのままじゃ真のエースにはなれないな。野球部の男子なら必ずなりたいはずだから……、ね?」

強引に誘うかのような詩織の言葉に吊られてその人は頷いていた。


「ありがとう。兄に伝えておきます」


「えっ!?」

其処にいたのは長尾秀樹の三つ子の兄妹の長尾美紀(みき)だったのだ。


「長尾美紀と言います。私達三つ子なの。兄はバッテリーの長尾秀樹と直樹(なおき)。私はここから良く見ていたけど気付かなかった……」

美紀は感慨深そうだった。


(何故気付かなかったんだろう?)
美紀は意気消沈していた。


「あっ、お兄様に伝えておいてください。私マネージャー志願なんです」


「お名前は?」


「はい。工藤詩織って言います」


「クドウシオリさんね。素晴らしいマネージャーが入るって伝えておくわね」


「えっー、冗談は止めてください」


「冗談は顔だけにしておけってことね」
美紀は笑っていた。


「えっー!? 顔だけにって、私そんなこと思ってもいません。ナガオミキさんお綺麗だし」


「うふふありがとう。でも固っ苦しいから美紀で良いわよ。美紀のみは美しい紀は世紀の紀長尾は長い尾と書くの、クドウさんは?」


「工藤の工は工夫の工です。藤は藤で、詩織は作詞じゃない方の詩です」

詩織はてんぱっていた。
長尾美紀の名前を思い出していたからだった。


「あのー、失礼ですけど長尾さんはあの長尾さんですか? この学校に超高校生クラスのソフトテニスの選手が居るって聞きましたが……」


「超高校生クラス……ってまでは行ってないと思うけどね」

美紀は笑っていた。




 その時、二人の傍を工藤淳一が通りかかった。


「工藤先生。今から帰りですか?」
詩織は気軽に声を掛けていた。


「工藤さんも帰るとこね。私は練習があるから」
美紀はそう言いながら校庭に向かって歩いて行った。




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