早春譜
 直美は下の名前と、傍にいた父親の顔で松宮保育園時代に仲良しだった詩織を思い出していたのだ。
でも、記憶していた苗字が違っていたのだ。
だからあんなことを言ったのだ。


『部活は何処に決めてるの?』


『野球部です。私、マネージャーを志願してます』

突然の直美の行動を不振に思いながらもそう断言した詩織だった。


『私も男だったら入りたいんだけどね。何しろ此処は野球部強化のために凄腕のコーチを雇ったそうだからね』

直美の発言に詩織は驚きを隠せなかった。
コーチを変えたのは知っていた。
でも凄腕とは聞いていなかったからだ。


それを知っていた直美。
自分と話を合わせただけだとも思ったけど、もしかしたら同じ目的かも知れないと考えてしまったのだった。
昨日の会話で、本当は手芸好きなのは知っていたけど……




 詩織は本当に野球部のマネージャーを目指していた。
だから直美の発言に戸惑いを隠せなかったのだ。


「引っ張り蛸か? 私そんなに体力あるのかな?」

教室で帰り支度をしながら、独り言を言っていた詩織だった。




 放課後の校庭は多種多様の部活を円滑に進めようと皆張り切っているように見える。
当然のこと、マネージャー志望の詩織の目は野球部へと注がれていた。




 二人の通っている高校は、県内では名が通ったスポーツ校だった。
数年前には甲子園まで後少しってトコまで行ったようで、それ以降野球部に力を入れているそうだ。


だから詩織はこの高校を目指したのだった。


(『体に負担のかからない投げ方は、力のロスをなくし、無駄のないフォームを作る事』って確かコーチは言ってけど、あの子相当無理してる)

グラウンドではエースの呼び声の高い長尾秀樹(ながおひでき)が投げていた。


「無理のないフォームをマスターしないと真のエースにはなれないよ」

グランドまで届くはずがないと思っていた。
それでも詩織は秀樹にエールを送った。




 野球が好きだった。
小学生の頃は、女子も出場が可能だった少年野球団の一員として活躍した時期もあったのだ。


でも詩織がやりたいのは女子野球ではない。
本当は男子野球部に入って一緒に甲子園を目指したかったのだ。

高校野球が女子禁制なのは解っていた。


それでも……
だから尚更一緒にプレーをしたかったのだ。


その夢が捨てきれない詩織。
一緒に出来る道を探して、マネージャーに辿り着いたのだった。
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