早春譜
 妙によそよそしい秀樹と直樹。
正樹は渇を入れようとリングの上に二人を立たせた。

ここは正樹の職場だった。

プロレスラーとしてのセンスを高くかってくれていたオーナーが、セコンドとして雇ってくれたのだ。


小型バスを運転出来る。
それが条件だった。
でもそのためには克服しなければならないトラウマがあった。

どうしても感じる凶器としての車。
珠希の命を奪ったことへの恐怖心。

それは未だに解決したわけではない。
それでも一歩踏み出すために、正樹は心に鞭を打った。

自分のやる気が子供達を励まし、元気に繋がる。
その事実に気付いて。




 「よし! パパにかかって来い」
秀樹と直樹は顔を見合わせた。
いくら元プロレスラーだったとしても、現役の高校球児相手に勝てるはずはなかった。


「いいから来い!」
それでも正樹は両手を広げた。

秀樹と直樹は子供のように正樹の胸に飛び込んで行った。

正樹は小さな体で、大きな二人を受け止めた。


「どうした? 美紀が本当の兄弟じゃないと知って、好きになったか?」
ズバリと聞く正樹。
頷く二人。


「辛いな」
正樹は二人を抱き締めながら泣いていた。


沙耶が、一度断ったお見合い話を再び勧めるために訪問したあの日。
正樹は改めて美紀の存在の大きさを知らされた。

自分のために甲斐甲斐しく働く美紀を、正樹も愛おしく思っていたのだ。




 あの朝確かに珠希を美紀に感じた。
初恋の女性・智恵を感じて戸惑った。


『大きくなったらパパのお嫁さんになる』 
確かに美紀は何時も言っていた。

その言葉が今確実に、正樹の心の中で大きくなり埋め尽くそうとしていた。


沙耶に指摘されて、より感じる愛しさ。


正樹は自分の心の置き場を探し始めていた。


正樹はもがいた。
幾ら何でも、息子と同じ年の美紀は愛せない。
愛してはいけない。


でも正樹は感じていた。
既に美紀を一人の女性として見ている自分自身を。


このままではいけない。

美紀に本当のことを話そう。

秀樹と直樹とそして自分自身のために。

正樹はそう決意した。


その時、遂にトリプルトラブルの第二幕が開演されたのだったのだ。


秀樹直樹大は親友同社だ。
でも正樹は父親なのだ。


それは辛い。
本当に辛い恋の始まりだった。




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