早春譜
 正樹は美紀の部屋をノックした。


「美紀。実はお前に話しておかなくてはいけないことがある」
そう言って正樹は仏壇の前に美紀を座らせた。


真実をうち明けようとしていても、心が揺れた。


自分の愛のためではない。
息子達のためだ。
正樹は自分にそう言い聞かせながら、美紀の前に立っていた。


「私が本当の娘じゃないってこと? ずっと前から知っていたわよ」
意表を突かれた正樹。何故かへなへなと崩れ落ちた。

「良かった」
正樹がため息を吐く。何て切り出せばいいのか、試行錯誤していた。


「えっ! 知っていた。何時だ!」
我に戻った時、正樹はことの重大性に気付き驚きの声を上げた。


「高校に入る時、戸籍謄本を取ったでしょ。あの入学願書。それをこっそり見たの」


「そんなあんなに気を遣ったのに」

正樹はまたへなへなと崩れ落ちた。


「パパがずっと気を遣ってくれたから、三つ子として仲良くしてこられたの。ありがとうパパ」
美紀は正樹の胸に顔をうずめた。


「美紀。お前の本当の母親は、結城智恵さんと云う人で、パパの初恋の人なんだ。でもだから養女にした訳じゃない」
正樹は美紀を両腕で優しく包んだ。




 「ねえパパ。今度のインターハイの応援に来てくれる?」
美紀は甘えながら言った。

でも正樹には珠希の声に聞こえた。

正樹は驚いて遺影を見つめた。
心なしか、珠希が微笑んでいるように感じた。


(珠希!?)
正樹は又美紀が珠希に見えていた。


「あぁ解った」
戸惑いながら発した言葉にドキンとする。


正樹は確実に美紀を意識し始めていた。

でもそれは美紀としてではない。
愛する珠希と重なったからだった。

だから余計に焦ったのだった。


美紀を愛し始めたことには間違いない。
でもそれは美紀の中に珠希を感じたからだと思われた。


(俺は本当に美紀を愛しているのだろうか?)
正樹はまだ迷っていた。




 「六月九日の九時から始まるの。だから応援お願いね」
美紀がウインクをした。
その途端に正樹は萌えを覚えた。

心だけではない。
芯から疼く。
正樹は慌てて頭を振った。


「仕事は一応夜だから行けるとは思うけど、早めにオーナーの許可を二日分もらっておくようにするよ」


「流石パパ」

そう……
ソフトテニスのインターハイは二日間に跨がるのだった。



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