早春譜
 淳一はアパートを引き払い、マンションの一室に引っ越してきた。


アメリカ旅行の最中に父に会い、鍵を渡された。
それには、詩織のボディーガードの役割も含まれていたのだった。
勿論帰国するまでのことのようだ。


それでも淳一には詩織の送り迎えする義務があったのだ。


結果的に二人は、一つ屋根の下で暮らすことになった。


学校には兄妹であることを打ち明けた。
一緒に暮らすことを同棲などと誤解されないようにしたのだ。


『離れ離れになっていた兄と妹が又一緒に住むことになっただけです。自分は父に、妹は母に引き取られていました。両親が又一緒に住むことになって……』

嘘も方便だ。
淳一は職員の前でそう言った。
勿論両親はに確めた訳ではない。
それでも……それ以外ないと思っていたのだ。



 家に帰る途中、車の中に詩織を残したままででコンビニで買い物をする。
本当は栄養価の高い物を作りたいのだけど、炊事は不得意なので弁当と翌日のパンを篭に入れた。


食事が済んだ後は、淳一は部屋から出ても来ないでずっと生徒達に教えるための資料作成をしていた。
気恥ずかしいのだ。
喩え本当の兄妹だったとしても、赤の他人として過ごしてきたからだ。


そんなことより淳一は焦っていた。
入学式の時点で詩織を愛してしまっていたので、気持ちの整理が着かないのだ。
だから尚更面と向かっての対話など出来なかったのだ。


ビビっときた訳ではないが、それに準ずる何かを感じていたのだ。


(彼女の父親の顔を覚えているってことは、きっとあの時一目惚れでもしたのだろう)


詩織に恋をして いることを告白など出来ない。
詩織は妹の前に、淳一の生徒だったのだから……


(学校にはこのまま兄妹だってことにしておこう。それが無難だ)

淳一は必死に恋心を封印しようとしていた。




 学校に許可をもらって詩織の送り迎えを開始した淳一。
そんなことをしなくても淳一と詩織は戸籍の上では兄妹だった。

だから本当ならそんな手続きなど要らない。
だけど、生徒と教師なのでケジメを付けたのだ。


冷やかし半分で野次る生徒もいた。
淳一に憧れた生徒は鋭い眼光を詩織にぶつけたりしていた。


淳一が詩織を見初めたように、淳一に恋した生徒も大勢いたのだった。
淳一は大学を卒業したばかりの新米教師だった。
初々しさばかりではなく、女生徒を虜にする何かを持ち合わせていたのだ。




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