早春譜
 秀樹は小さい時からキャッチボールの相手をさせていた直樹を放したくなかったのだ。
ただそれだけの理由で直樹を束縛しようとしていたのだ。


秀樹は長男だった。
それだけで自分は偉いと勘違いしていたのだった。
双子だから、三つ子だから産まれた日は一緒などと言ったって何とも感じていなかったのだ。

秀樹はただ自分の言うことを聞く家来としか直樹を見ていなかったのだ。

秀樹の頭の中には野球以外なかったのだ。
自分が気持ち良くプレイ出来ればそれだけで良かったのだった。


勿論珠希も正樹も戒めてくれた。
それでも、秀樹は我が儘だった。


秀樹のために何度泣かされただろうか。
直樹は自暴自棄に陥入っていた。




 そんな時に自分を変える出来事があった。

それは秀樹が勝手に少年野球団へ直樹を入れた頃だった。

ある少女との出逢いがきっかけだだった。



それは五月の最終日曜日にゴミゼロ運動に参加していた時だった。

地域での交流を大切にしていた珠希夫婦は、三つ子と共にそれに参加していた。

ゴミゼロとは普通五月三十日に行われる地域の掃除だった。


病院の横の道で、少し赤みを帯びた髪をそよ風になびかせながら佇む少女がいた。


「何見てるの?」
直樹は気さくに声を掛けた。
すると少女は小さな花を指差した。


「この花、忍冬って言うんだって」


「スイカズラ?」


「うん。忍ぶと冬書くんだって」

直樹は何故かその花に興味を持った。
そっと近付くと甘い匂いがした。


「あれっ、この花二つで一つだ」


「うん、だから好きなの。私お母さんと二人暮らしなの。お父さんが死ぬ時に言っていたの。忍冬のように二人仲良く生きて行ってほしいと」

悲しい話をしているのに、少女は明るく言った。

その時直樹は、その二つの花が自分と秀樹のように思えていた。


(サッカーなら一人でも出来る。でも野球は自分が居なくちゃ始まらない。兄貴には俺が必要なんだ)

直樹はその時やっと、秀樹と共に野球を続けることを決めたのだった。


直樹には、その少女が忘れられない存在になっていた。
それは直樹の淡い初恋だった。




 スイカズラは忍冬(にんとう)とも言う。
寒い冬も枯れることなく耐え忍ぶからだ。


直樹も悩みながら成長してきた。
だから自然と自分に重ねてしまうのだった。


直樹はその人を《忍冬の君》と命名して秘かに探し続けていたのだ。




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