早春譜
 直樹はその少女が同い年にくらいに見えていた。
だからクラス替えや転校生に期待した。
勿論、小学校や中学校の生徒全員も視野に入れていた。


それでも二度と逢うことは叶わなかったのだ。


その少女が忘れられないくせに美紀を愛してしまった直樹。
正樹の推理を鵜呑みにした訳ではないのだが、何としてでも美紀を大阪に連れて行きたかったのだ。


甲子園が兵庫県にあることは承知していた。
でも甲子園に応援に行くことを理由にプロレスの興行を休めるかも知れないのだ。
是が非でも、美紀に本当の家族を会わせてやりたい正樹の気持ちは解っていた。


直樹自身もその願いを叶えてあげたいと思っていたのだった。




 そして今、最高の舞台に直樹はいた。


地方予選の優勝決定戦の最終回。
しかも、九回の裏二死満塁。
直樹の一振りで試合が決まる大事な打席だ。


自信を失いかけていた秀樹のためにも、美紀を甲子園に連れて行くためにも直樹は集中しようとしていた。


「美紀!」

直樹はありったけの力を込めてスイングした。


「ワーーーー!」

歓声が球場全体を包み込んだ。

直樹は一瞬、我を忘れていた。

慌てて見上げると打球はスタンドに吸い込まれた後だった。




 逆転満塁サヨナラホームラン。

劇的な幕切れだった。

凄まじい歓声と共にダイヤモンドを一周する直樹。
何が何だか判らず戸惑っていた。


「直樹ー!」
秀樹が抱きついてくる。


「スゲー! 直ー! 凄過ぎるぞ!」

大も泣きながら直樹を迎える。

直樹はもみくちゃになりながら、初めて野球を続けていて良かったと思った。


「甲子園だー!」
直樹が雄叫びを上げる。

感情を大爆発させて喜ぶ直樹。

こんな激しい直樹を今まで見たことがなかった。

スタンドで観戦していた正樹も体を震わせて泣いていた。




 地元の新聞・メディアの取材を受ける直樹。

何時も秀樹の引き立て役だった直樹。

いきなり主役になり戸惑いを隠せない。

主役の座を奪われた秀樹も、功績を認めざるを得なかった。


「直ニイありがとう」
美紀は直樹の頬にキスをする。
照れて俯く直樹。


「よーし! 今度は俺が主役だー!」
秀樹が叫ぶ。


「違う俺だー!」
大も叫ぶ。


「よーし! 三人で競争だー! 今度は甲子園で勝負だ!」

恋のバトルは益々激しくヒートアップしていく様相をていしていた。
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