早春譜
 その日の内に届けられた脅迫状。
中には多額な身の代金の請求が書かれていた。


警察は極秘の内に捜査した。
子供の命を守ろうとしたからだった。
それが更なる悲劇を生むことになったのだった。


昭和三十八年に起きた誘拐事件をきっかけに、報道協定が敷かれるようになったからだった。

知人の見舞いを装って、犯人は病院に向かった。

そこで見たものは、資産家の娘が子供を抱いた姿だった。

人違いしたと思い込んだのは当然だった。
だから足の着かない東京駅のコインロッカーに放置したのだ。


新大阪から東京まで……
結城智恵はどのような扱いを受けたのだろう?


正樹はせめて……
その胸に抱かれていたと思いたかった。




 「この子があなたの孫に当たる美紀です」

正樹は主人を抱き締めている美紀の肩を触った。


「えっ……」

主人は声にならない声を発した。


美紀を見つめる主人の目に涙が溢れてくる。

美紀は今度は主人の前方から抱き付いた。


正樹は道で倒れていた臨月の結城智恵を出産後看取ったこと。

産まれてきた女の子を我が子として育てて来たたことを主人に打ち明けた。


やっとたどり着いた結城智恵の真実。

正樹が導き出した美紀のルーツ。

でもそれは更に悲しい現実へとリンクしていた。




 美紀の父親が人気ロックグループαのボーカルで、結城智恵を庇ってファンに殺されたと告げられた主人は床に突っ伏した。

美紀が心配して直ぐ駆けつける。

美紀は主人の上体を起こし、その全身を支えた。

主人はそれを頼りに、やっとソファーに座った。


――悪夢だ――

主人は泣いて、それしか書かなかった。

いや書けなかったのだ。

美紀の父である結城真吾を殺したのは、主人の実の娘。
智恵の双子の姉だったのだ。


それはまさに運命の悪戯としか言い様のない、双子の姉妹の辿らされた軌跡だったのだ。




 駅に放置され、親に捨てられた真吾。

勿論両親を恨んでいたことは否定出来ない。

それでも温もりが欲しかった。

自分が何処で生まれたかも知りたかった。

孤児院育ちを公表したのは、同情してもらうつもりではなかった。

でもそれで多くのファンを獲得したのは否めない事実だった。


真吾はただ、本当の親を見つけて文句が言いたかった。

そしてお礼も言いたかったのだ。

あの場所に放置してくれたからこそ、愛する女性、智恵と巡り会うことが出来たのだから。



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