早春譜
 八月十九日。
大会十二日目。
順調に勝ち進んだ松宮高校はベスト十六に残り、三回戦まで駒を進めていたのだった。


この試合に勝てばいよいよベストエイト。
準々決勝だ。

プロ野球選手になりたい秀樹にとって負けられない一戦になる。


八月八日の第一試合から始まり、八日目の十五日には二回選。
今までは疲れた体を癒す時間はあった。
でも明日からはノンストップ。
そう思うだけで、武者震いしたくなる秀樹だった。




 そして運命の第三試合が始まった。
松宮高校は先攻だった。


甲子園では、先攻の方が有利だと言う。
出所は良く判らないが、噂としても間違はないらしい。


秀樹はマウンドに立ち、直樹を見つめた。

もう一度コーチの言った、基本はキャッチボールと遠投の意味を再確認するために。


一イニングは、先頭打者から第三打者まで塁に出られなかった。
三者凡退で、呆気なく終わってしまった。
でももう、それを引きずるような秀樹ではない。
あの決勝戦での、直樹の満塁ホームランによって生き返ったのだ。


だから何も心配しないで、女房役を信頼するたけで良かったのだ。


「ストライク。バッターアウト!!」
主審の声が高々と見逃し三振をアピールした。




 秀樹はバッターボックス立ち、マウンドを見つめた。


(えっ、カーブ!?)

直樹のサインはコーチの指示で封印していたあの球質だった。


(本当にいいのだろうか?)
迷う秀樹に、再度ゴーサインを送る直樹。

直樹はコーチから、全権を任されていた。
カーブもチェンジアップも、投げられることをコーチは知っていたのだった。


そもそもコーチは、秀樹の能力を高くかっていたのだ。
だから女房役の直樹に一任したのだった。




 『ストレートもまともに投げられない奴に、変化球が投げられる訳がない!』
コーチの言葉が脳裏を掠める。


(俺の場合、手首をひねって親指が上に来るから危険なんだ)

解っていながらやっていた未熟者だった自分を思い出す。


(でも……外に向かって曲がるボールだからその方向に手首をひねってしまうけど、ストレートと同じでいいって直樹に言われた)


今、甲子園の晴れ舞台。


(このマウンドに立たせてくれたコーチと直樹の行為に報いるために……)

秀樹は直樹の指示通りに初めてカーブを投げた。


「ストライク!!」
主審の声が響き渡った。




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