早春譜
 「直美ったらお返しに私にパッチワークを教えようとしてくれていたの。でも何も出来ないままで甲子園に行ってしまったわ」

淳一に呟いた。

本当は直美に伝授しなければいけなくなったことを少しやっかんでいる。
でも淳一に気遣われたくなかったのだ。


詩織が野球少女だったことは母から聞いていたからだ。
マネジャーになれなかった原因を作ったのは詩織だった。
だから淳一に余計な負担を掛けさせたくなかったのだ。



「この学校はスポーツ中心だからな。本当に文化部は少ないな」


「先生。クラブってどうやったら作れるのですか?」


「もしかしたら文化部を創設するつもりじゃないんだろうね。一長一短には出来ないよ」


「解っています。でも何か遣らないと、私持てあましそうです」


「自分のためのクラブか? 俺はてっきり中野直美の……」


「あの子はマネージャーを務めてもらわないと」

詩織はペロリと舌を出した。




 「そうだな、まず五人以上の仲間を集めてから校長に提案するんだよ。ホラミス松宮などを選んだ人気投票の時のように、一人一人に聞いて回ったりしながらな」

直美がもらした美紀がナンバーワンになった本当の経緯は、詩織のリハビリのためだった。
大勢のの生徒から自分の好みの男性と女性の名前を聞いて回るだけでも足腰が鍛えられると思ったからだった。


提案したのは直美だった。
せっかく甲子園行きが決まったのにマネジャーとして同行出来ないから落ち込んでいると考えたのだ。


やはり直美は詩織のことばかり考えてくれる、保育園時代からの親友だったのだ。




 「ところで一体何のクラブを作るつもりなんだ?」


「文芸部……ううん、本当は俳句部を作りたいのですが……。工藤先生は国語の教師なのだから、是非顧問になって導いてください」


「工藤、そんなに国語が好きか?」

淳一の言葉に詩織は首を振った。


「じゃ、何でだ?」


「先生がくれた『前向きに生きればこその春隣り』があまりにも素敵で胸を打ったからです」

詩織は淳一が自分にくれた俳句が忘れられなかったのだ。
だから秘かに図書館から本を借りてきた勉強をしていたのだった。


其処で目にした数々の歳時記。
その優雅な響きに心を揺さぶられたのだ。


そのきっかけを作ってくれたのは淳一だった。
だから尚更淳一に顧問を引き受けてもらいたかっのだ。



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