早春譜
同好会発足
 その時詩織は松宮高校の体育館の中にいた。

モニターから流れる映像に釘付けになりながらも必死にスコアブックを付けていた。


でも本当はそれどころではなかった。
詩織は地団駄を踏みたい気分だったのだ。
もし甲子園に居たなら、確実にヤジを入れていただろう。


原因は勿論、ボークを始めとする相手側の汚い作戦だった。


詩織には、秀樹の悔しい気持ちが痛いほど解っていた。
実は直美が図書館から借りてきた本の中で、打席を外した振りをしてボークをもらう方法などが詳しく解説してあったのだ。


それだけではない。
勝利への徹底作戦と銘打って、数限りないアンフェアな手を教えていたのだ。


試合前の練習ではわざと下手くそな振りをする。
相手側に油断を与え、凡ミスをさせるためだ。
でもこの作戦だけは甲子園では通じない。
各地区で勝ち抜いてきた強者揃いの高校球児だからだ。


フライなど簡単なボールを落としたり、ノックをトンネルさせる作戦は空振りとなる可能性も高いからだ。


そんな記述の中に、秀樹が引っ掛かったストライクをボールと判定してもらうための打席外しもあったのだ。


確かに本を借りたり買ったりして読めば誰にでも真似は出来る。
でもまさか、本当に使う監督がいるとは思ってもいなかったのだ。


直樹はフェアプレイ精神に載っとりと宣誓した。
その欠片も微塵もないチームを失点回以外防いだ秀樹。


詩織は秀樹の成長ぶりに拍手喝采を送りたいと思っていた。




 「現地に応援に出向いている校長になり代わり御礼を申し上げさせてください。今まで生徒達を支えていただきましてありがとうございました」

淳一は他の先生方と父兄の前で深々と頭を下げた。


「工藤も御苦労様。此処まで来られたのはその情熱のたわものだな」

淳一の言葉を聞きながら、詩織は頭を切り替えた。


「直美が頑張ってくれたからです」

そう言いながら、直美にスコアブックの特訓した日々を懐かしく思い出していた。


早稲田大学式慶応式、本当は両方共に教えてやりたかった。
でも、あまりにも短期間だったから一般的な物しか教えられなかったのだ。


詩織は直美を野球部のマネージャーにするために頑張っていたのだ。


本当は趣味の手芸をやりたいのは解っていた。
でもスポーツグラブ中心の松宮高校には文化部自体があまりなかったのだった。


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