Time Paradox

コンコンとドアを叩く音がして振り返ると、営業スマイルのあの男が立っていた。


「リリアーナ様、お迎えに上がりました。」

男はそう言って軽くお辞儀をすると、手を差し出す。


「ありがとうございます。」

リリアーナも軽く膝を折ると、当然のごとく手を乗せた。


男はリリアーナを紳士的な対応で会場へと誘導すると、その場の視線が一気に集まるのが分かる。


リリアーナは恥ずかしさと緊張で顔を赤くすると、男がそれに気付いたのか会場のあまり目立たない所へと連れて行った。

なぜそこまで注目されてしまったのか、リリアーナはなんとなく想像がついていた。

この会場の人間は皆、リリアーナがこれからどうなるのかを知っていたからだろう。

リリアーナの手がまた震え出すと、男は顔色をうかがった。


「…リリアーナ様？」

「…あ、ごめんなさい、こういうのは慣れてなくて。」


そう言ってリリアーナは下を向いた。


しばらくして音楽が鳴り始めると、そこにいた人々は散らばって踊り始めた。

リリアーナの方をジロジロと見る者はいなくなって安心していると、男が口を開いた。

「リリアーナ様、私はそろそろ行かなければなりませんが、今夜は楽しんでください。」

そう言ってお辞儀をすると、男は立ち去っていった。


リリアーナはその後ろ姿が小さくなっていくのを見てほっとしていると、先ほどの長身の男が現れた。

男はリリアーナに手を差し出した。
踊って欲しいと言う事のようだ。

リリアーナが警戒して迷っていると、それを見かねた男は、急に腕を掴んで引っ張った。


二人は人々に混ざって踊り始めた。

しばらく踊っていると、男はリリアーナに小声で話しかけた。

「おい、あの派手な女に渡されたものは一切口にするな。」

「…どうして？」

「あの女もグルで何か企んでる。お前の記憶を消すかもしれない。」

「…本当に？」

リリアーナは探るように相手の目を見ると、男はたしかだと言うように見つめ返す。

「どうしてあなたは私に協力的なの？」

「…この屋敷が嫌いなだけだ。」


男はそう言うと、それ以上何も言わなかった。