Time Paradox

「ケインズ一家が殺される数日前から、現国王のマーカス様と前国王エドモンド様の仲が悪くなってきたっていう噂は聞こえてきてたんだけど、みんなはその時軽いすれ違い程度の問題なんだろなぁってくらいにしか思ってなかった。
でも日に日に悪化するのが目に見えてきて、誰かが＂マーカス様はエドモンド様を殺そうとしてる＂って噂をし始めた頃には、あんな事になってた。
俺らはあの日の朝、辞表を出してここを辞めたんだけどな。」

「…えっと、それはまた何で？」

リリアーナが遠慮がちに聞くと、ジャックは少し間を置いて答えた。


「あの日の前日、俺が誰もいない部屋の暖炉掃除をしていた時、ソファーの影になってて見えなかったんだろうな、小耳に挟んだんだよ。＂マーカス様は近いうちに必ず国王を殺し、自分が次期国王になる。マーカス様が国王になったら、我々使用人の給料は今の半分もなくなるだろう＂って。」

リリアーナはなるほど、と言わんばかりに頷くと、ジャックはまた話し出す。

「それを父さんに話したら、今の半分の給料なら駅の方がずっと給料はいいって言ってた。それであの日の朝に辞表を出して、この城での仕事が終わってから駅のパートの面接に行ったんだ。
その帰りだったんだよ。リリアーナが夜遅く、列車に乗って人間界へ行こうとしてるのを見たのは。」

あの日の全てを話し終えたジャックは、リリアーナの言葉を待っていた。

「…そういうことだったのね…まさか見られてたとは！たしかにジャックとセドリックは知らないはずよね、私が人間界の孤児院にいるのを。
だけど知らなかったわ、こんなに私達の事が使用人やメイドに筒抜けだったなんて！」

「いろいろ聞こえてきたぞ。耳の悪い大臣達のお陰でね！」

ジャックは噂好きの大臣達をそう皮肉ると、リリアーナも肩をすくめて言った。


「…私きっと何もする事ないし、噂集めでもしようかしら？隠れ場所はソファーの裏？」

「悪趣味だな…」

ジャックは呆れたように言うと、時計を見て急に立ち上がった。

「…どうしたの？」

「朝の電車に乗り遅れると次は夜中になってしまう！ルッケルンガルまで行ける電車がなかなかないんだよ！」

「えぇっ⁈じゃあ早く帰らなきゃ！」

２人は慌てて荷物を持ち、部屋を後にした。


そしてリリアーナはジャックを門の前まで送ると、２人はスピーディに別れの挨拶をした。

「それじゃあ、明日はよろしく。あ、それから例の絵本もお願いね！」

「あぁ。じゃ、また！」

「さよなら！」

ジャックはいそいそと門を出ると、早歩きで駅へと向かっていった。

リリアーナはその背中を名残惜しそうに、見えなくなるまで見送った。