季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
マスターがコーヒーを注いで差し出したカップを受け取り、その温かさにホッとする。

「ごめんね、インスタントで。」

「いえ…。」

マスターも自分のカップにコーヒーを注ぎ、一口飲んだ。

「いつも夕方にここのカフェでカフェラテ飲んでるよね。名前は?」

「堀田 朱里です…。」

「朱里ちゃんね。俺はここのオーナーでバーのマスターやってる梶原 早苗です。朱里ちゃん、家はこの近く?」

今はもう私の家じゃない。

だけどそんな事を言って何になるだろう?

何も答えられずうつむいている私を見て、マスターがため息をついた。

「その荷物、なんかわけありなんだろ。行くとこあんの?」

私はカップの中のコーヒーを見つめながら、小さく首を横に振った。

「俺で良ければ話してごらん。商売柄、人との繋がりは多くてね。何か力になれるかも知れない。」

マスターは優しい顔で微笑んだ。

弱っている時、人の優しさはどうしてこんなに染みるんだろう。

気が付けば私は、マスターの穏やかな人柄に誘導されるように、事の一部始終と、これから実行しようとしている企てを話していた。



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