とっくに恋だった―壁越しの片想い―
『キノコの炊き込みご飯食べたかったらウチおいで』
お世辞でもキレイとは言えない字と、その横に書いてある、顔のあるキノコ。
……あの人は本当に、なんにでも顔を描きたがるけれど、なにを描いてもちっとも可愛くならないのが不思議だ。
字も汚いし絵も下手でも、料理はうまいから不器用ってわけではないんだろうけど。
テープで貼り付けてあるそれをぺりっと取り、部屋の中に入ってからスマホを取りだす。
メモを貼り付けた人を宛先に呼び出し、文字を打つ。
『キノコご飯、食べたいです。でも動く気になれません』
鞄をドサッとベッドの上に置いて、洗面所で用事を済ませる。その間に、返信が届いていたから、ベッドを背もたれにして座り込んで画面を開く。
『あれ。もしかして華乃ちゃん、お疲れ?』
『……わりと。仕事でHPけずられてきたので』
いまさら気を使う気にもなれずに正直に返せば返信は途切れて、その代わりにガタガタと何かを準備しているような音が隣の部屋から聞こえてきた。
このアパートは築三年とまだまだ新しい。
だから、壁もそこまで薄いわけではないし、話し声が筒抜けだとかそんなことはない。
けれど、ドアの開閉音だとかの物音や、お風呂やトイレで使う水音はさすがに漏れてきてしまうということに気付いたのは、住み始めたあとだった。
とはいえ、特別うるさいわけじゃないから、なんの問題もない。
聞こえるのは両隣くらいだし、ああ、帰ってきたんだなーだとかそんなことを思うくらいだ。