とっくに恋だった―壁越しの片想い―


――きっと今、右隣の部屋、つまり二階の一番奥の部屋では、炊飯器のコンセントを抜いたりと忙しいのだろう。

隣の部屋の玄関ドアが閉まった音を聞くと同時に、よいしょと立ち上がり、玄関に向かう。

そしてそのまま玄関を開けると、廊下には、それを待っていたかのように立っている平沢さんがいて、私を見るとへらっと困ったような顔で笑った。

「華乃ちゃん、ちょっと炊飯ジャーはきついって」

白いTシャツに、カーキ色のカーゴパンツ。いつもの平沢さんの部屋着のひとつだ。

「だろうなって思ったので、少ししたら行こうかと思ってたんですけど、なんか隣でガタガタし始めたから。
まさか持ってくるとは思いませんでした」

平沢さんが小脇に抱えるのは、炊飯ジャー。そしてもう片方の手には、取っ手のついた中ぐらいの大きさの鍋。

中身はなんだろうと考えて、お腹がぐーっと小さく鳴った。

「それ、持ってて熱くありません?」

お鍋は取っ手があるからいいとして、炊飯ジャーなんて本来、脇に抱えるものではない。
だから聞くと、平沢さんは眉間にわずかにシワを寄せ、笑った。

「すげー熱い。あと、割と重い。だからとりあえず置かせて」
「どうぞ」

中に通すと、平沢さんは踵を踏みつぶしたままのスニーカーを足先だけの動きで脱ぎ、部屋にあがる。

< 5 / 185 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop