とっくに恋だった―壁越しの片想い―


部屋は十畳ちょっとのワンルーム。玄関を上がると右奥に小さなキッチンがついている。

キッチンの左隣には一枚ドアがあり、その向こうがお風呂やトイレの水回り関係。収納は、大きめのクローゼットがあるだけだけど、ひとり暮らしの荷物を置くには十分だった。

そこに服や鞄など全部を詰め込めるおかげで、部屋に出ているのは、ベッドとローテーブル、それと家電くらいだ。

玄関先に置いてある黒いスリッパをはいた平沢さんが、ベージュ色のフローリングを歩いて行く。

部屋の造りは同じだし、もう何十回とお互いの部屋を行き来しているせいで、お互いに勝手は知りきっている。

どこになにがあるかだとか。生活リズムだとか。冷蔵庫に常備してあるものだとか。

平沢さんはとくに私に確認をとるわけでもなく、炊飯ジャーをベッド前にあるローテーブルの傍に置き、さらにはキッチンのIHの上にお鍋を置いて温め始める。

それを眺めながら食器の用意くらいはしようかとキッチンに入ると、平沢さんが「あ」と声をもらした。

「どうしました?」
「両手塞がってたから鍵かけてないんだった。ちょっと戻ってかけてくるから、これ、こげないように見ててくれる?」
「わかりました。……肉じゃがですか」
「ん? ああ、そう。今日は、キノコご飯と、華乃ちゃんの大好きな俺の肉じゃがです」
「平沢さんの、じゃなくて、肉じゃがが好きなだけですけどね」

「お、華乃ちゃんの憎まれ口炸裂~」とケラケラと笑いながらキッチンから出て行こうとする背中に、「今度から、無理して持ってこなくても放っておいてくれたら行くので」と告げると。

平沢さんはキョトンとした顔で私を振り返り、ふっと笑う。


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