オフィス・ラブ #another code
『そんな気は、してたんだよね』
『協力、ありがとうな』
『いっぺん、痛い目見るといいよ』
愉快そうにそう言うと、さっと身をひるがえして去っていった。
元から、もっと小さい事務所で好きにデザインをしたいと言っていた彼女が会社をやめたのは、半年後のことだった。
「お前…」
堤が、煙草を口元に持っていったまま絶句する。
こいつを絶句させるなんて自分もやるな、とよそごとを考えて、気まずさから目をそむけた。
「何かしてたほうが、人としてまだマシだったって可能性に、思い至ってる?」
「………」
至ってなかった。
そうか、そういう見かたもあるか。
彼女を誘った時は、怒りで我を忘れていて、なりふり構わないつもりだったから、だますことにためらいもなかったけれど。
散々に打ちのめされたところに、彼女のあの物わかりのいい態度が、逆にさらに痛かったことを覚えている。
結局は、彼女のプライドに救われたのだ。
「ちょっと、そういうとこあるなとは思ってたけど。予想を超えて最低だね、お前…」
なかば感心しているような堤に、何も言えない。
新庄は黙りこんで、持ってきていた缶コーヒーに口をつけた。
「俺の部下を傷つけたら、許さないよ」
堤がじろりとこちらをにらんで、笑む。
そうか、と思った。
自分が彼女の上司であった期間よりも、もう堤が上司である期間のほうが長いのだ。