きみのために -青い竜の伝説ー
12.昼食会 ブリミエル卿
華やかな音楽、見たこともない豪勢な料理の数々。
明るい日の光がいっぱい差し込む大きなホールで昼食会は開かれた。

繊細な彫刻が施された白い壁、磨きこまれた床と高い天井、優雅な曲線を取り入れ造られた室内。
至るところにゆったりとしたソファや椅子が置かれている。

フランツにエスコートされ一歩踏み入れたその室内の豪華さに、ディアナは感嘆の息をもらした。
一斉に室内にいた人々の視線がフランツのほうに向けられた。
目の前に立っているこの人は『皇子』なんだと、ディアナは感じさせられずにいられなかった。
そこに集まった誰もが立派そうな格好をしていた。美しく魅力的に着飾った女性も多かった。

フランツがホールを進もうとすると、周囲から掛けられる声の多さに、なかなか奥にしつらえられた王族席にたどり着けなかった。あいさつを交わしつつゆっくりと進む。

そのうち、とても女性らしい体つきにぴったりとしたドレスの女性がフランツのそばへ寄り、何事か話しかけていた。フランツの後ろから続いていたディアナは、その露わで大胆なドレスに目を見張った。
マレーの言っていた「(ディアナのドレスの肩だし程度は)ちっとも大胆ではない」という言葉がよみがえった。
すると、またその他にも魅力的な女性が近づいてくるのだった。フランツは、あっと言う間に女性たちにも囲まれてしまっている。

「人気があるのね・・」
「大丈夫ですよ。」
ディアナが何となく漏らしていた言葉も隣にいたアイザックには聞こえてしまっていた。

「え?何のことですか?」
「皇子が女性に微笑んでお話されるなんて、今までなかったことです。少なくとも私は見たことがなかった。」
何のことかとアイザックを見て眉根を寄せる。

アイザックが皇子のほうを見るように、と目配せする。
フランツは、話しかける女性に少し何かうなづいて見せたかと思うと、すぐその場を後にした。残された女性たちのフランツを追いかける視線。こちらへ戻ってくる皇子と目が合った。うす青い瞳がほころぶ。
とくん、心の奥でまた音がする。

「皇子の滅多に見せないはずの笑顔を、あなたは出会った時からずっと見ていらっしゃるんですよ。」

『え?・・滅多にない笑顔・・・』


とくん、とくん、、、


戻ってくる皇子の瞳から目が反らせなかった。


「ディアナ?どうしたんだい?顔が赤いようだが。」
すっと皇子の指が頬に触れる。

「え、そ・・そう?・・」

「突然のパーティーだからね。無理もない。あちらに座ろう。」


王族席へと急ぐ。
ホールの奥、少し高くなったところに毛足が長く豪華な敷物が敷かれ、ゆったりとした白いソファとたっぷりのクッションが置かれていた。


フランツはそこへディアナを座らせた。
「フランツ皇子、私は大丈夫、他の方々とお話しに行かれた方がいいのじゃなくて?」
公務や食事会、ほんの何気ない会話にも、交渉や勢力争いにおいてとても重要な機会が含まれているのだと、会の前にアイザックから聞いていた。

《王族の人って、休まるところがなさそう・・》


なのに、フランツは離れるどころか、隣に腰を下ろしてしまった。
「今日の私の役目は、ディアナ、きみを守ることだよ。そばを離れないさ。」
皇子の手がディアナの手を自分のひざの上に乗せる。ディアナの小さな手にフランツの温もりが伝わってくる。
ディアナはただただ目をぱちくりとさせていた。

≪『役目』を忘れてしまいそうなくらい心臓がばくばくしてくらくらしてしまいそう。
どうしてフランツ皇子は役にこんなにも徹底することができるの??≫


ディアナは自分を見つめるフランツの視線から逃れようと横を向いた。
すると、ホールからの女性たちの厳しい視線とぶつかった。

こちらをちらちらと見ている。明らかに不機嫌そうな表情をしている女性も多く見えた。
『皇子の恋人役』はとても大変そうだと改めて感じずにいられなかった。

その視線があまりに痛くて、ディアナが顔を王族席の内側へと戻した時だった。
「ディアナ、とうとう来たようだよ。」
フランツがそっとディアナの肩を抱いて合図した。


≪しっかりしなきゃ!≫
ディアナは自分に活を入れた。



「フランツ皇子、そちらがお噂の、皇子が溺愛されているという姫君ですかな?あの晩の??
今日は、ぜひ私にもご紹介いただきたいのですが・・」
あの夜、皇子の胸に抱きすくめられ、背中越しに聞いたその声だった。


「ブリミエル卿、こちらは私の異国の友人の遠縁にあたるリネ姫だ。」
皇子は事前に話していた通り、『リネ』という偽名でディアナを呼んだ。
万が一のことを考え、実名ではない方がいいだろうということだった。

ブリミエル卿は油っぽい頭をてかてかさせつつ、一礼をしてみせた。

立ち上がるのがいいかと腰を浮かせかけたディアナを、フランツは手を握ったまま、そのままでいることを暗に示した。
「リネ、宰相補佐のブリミエル卿だ。」
顔を上げる際、ブリミエル卿はディアナのことを隅々まで探ろうとするかのようにいやらしい視線を走らせた。

「とてもお可愛らしい姫君ですな。いやあ、そこだけ花が咲いたような。」
大きな太鼓腹を揺らして笑うブリミエル卿。

「先日はそのお姿、お目にかかれず残念でございました。こちらを向いていらっしゃらなかったので、ましてや被り物をされていたご様子、本当にリネ様だったのかどうか・・いえ、突然あのような場面に合われてさぞリネ様も驚かれたことでしょう?」
ブリミエルのねちっこく、探るような声は、疑惑の念をディアナに向けていた。
あの場にいたのは本当にこの娘なのか、と言いたげだった。
あの夜、背後で聞いたブリミエル卿の野太い声、この声でディアナはあの夜のことを思い出し背筋がぞくりとするのを感じた。

≪ディアナに探りを入れているな、、そうはさせない。≫
「リネ、、」
フランツがディアナに向き直ろうとしたときだった。

やわらかな黒髪がそっとフランツの胸に寄せられた。
「皇子様。あの時のこと、、とても怖かったです・・今でも思い出すと私・・」

ディアナはフランツの胸に頭をもたせかけた。手はそっと、皇子の胸元につくか、つかないかくらいで置かれていた。はたからみれば、ディアナがさも皇子の胸に抱きつくような恰好になっていた。

ディアナの心臓は今にも飛び出しそうなほどバクバク音を立てていた。
≪皇子を守らなきゃ。どうか、どうかばれませんように・・≫


一瞬の間があって(ディアナにはもっと長く感じたけれど)、フランツがその胸に寄り添うディアナをやさしく包むように腕を回した。
「かわいい人、もう大丈夫だから、どうか心を痛めないで。」


フランツにはディアナの胸の内がみえるようだった。
ブリミエルからもホールの大勢からも見えないように顔をそらし、顔を真っ赤にして両目を強く閉じているディアナ。私の胸に頼りきることもせず、小さく震える肩で恋人役を貫こうとするディアナ。

フランツの胸に遠慮がちに添えられた手は、かろうじて寄り添うかどうか程だった。
小さく震えるこの少女は本当に私を守ろうとしてくれている。
頼ればいいものを。。


≪・・愛おしい・・・≫
何故だか、そう自分の声がするような気がした。。


「ブリミエル卿、リネはあの夜のことで今もとても胸を痛めている。
レデオン卿が倒れた時のこと、まだ忘れられないでいるのだよ。
もう二度と、その話で私の愛しい姫を苦しめないでいただこう。」

フランツはディアナを抱きしめたまま、きっぱりとブリミエルに告げた。
その声は、強く抱きしめるフランツの胸からディアナに響いた。
ホールの客たちの間でざわめきが大きくなる。

「これは、大変申し訳ないことを・・さようでございましょう。
ええ、大変驚かれたこと、お察し申し上げます・・。」
ブリミエルは煮えくり返る胸の内を押さえ、静かに言葉をつないだ。

「卿に私とレデオン卿が二人きりだったと嘘を告げた者たちは見つかったかな?」
「それですが、どうやら姿を消してしまったようで、全く行方が掴めないのでございます。」

大方、かくまっているか殺したか、どちらかだろうに、ブリミエルはしれっと答えた。
「そうか、後ろで操っているのが誰なのか、あぶりだしてやりたかったが・・残念だ。」

フランツ皇子の冷たい声に、ブリミエル卿は背中がぞくりとするのを感じた。
「で、では私はこれで。。失礼いたしましょう。」
ブリミエルはこの場を早々に辞した方がよいと判断した。

後ずさりながらブリミエルはほくそえみたくなるのを必死で抑えた。
≪皇子に溺愛する姫が現れた・・≫

≪この、氷のお面のような皇子に、溺愛する姫が現れたとは・・。≫

≪リネ姫を亡き者にしてしまえば・・≫
単純だが、皇子が痛手を受けるのは必至だろうと思われた。


隠しきれないその不気味な笑みを、アイザックは見逃さなかった。

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