きみのために -青い竜の伝説ー
13.昼食会 レデオン卿
「これはブリミエル卿、フランツ皇子へのご挨拶はもう済まされたのかな?」
ホールへ向かおうと振り返ったブリミエル卿の前に、大きな人物が立ちふさがった。

頭上からの声に顔を上げるブリミエル。
「・・これはレデオン卿、お加減は大分よろしいようですな。」
宰相レデオン卿だった。

「ええ、すっかり。あの夜のことは伺っております。非常に卿の対応が早かったと。それにしても、随分早く情報を握られていたようですな。毒のことまで・・。」
レデオン卿は言葉を切り、じっとブリミエル卿を見つめている。

その鋭い瞳にブリミエル卿は全身から汗が湧き出るようだった。
≪ぇぇぃ、、忌々しい・・!!≫
「な、なんの、、私はあの時たまたま貴殿が倒れたという話を聞きつけて、
駆け付けたまで。それを、妙な詮索は全く心外ですな!」

「さようでしたか・・」含みをもたせたままレデオンは言葉を区切る。

「では、私も皇子と姫君に先日のお詫びをお伝えしたいので、これで。」


フランツはその様子を王族席から見ていた。
「ディアナ、レデオン卿を紹介しよう。私が信を置く、またとない頼もしい男だよ。」
そういうとフランツはディアナをそっと支え立ち上がらせた。
その瞳からレデオン卿の回復を本当に喜んでいるのが見てとれた。



レデオン卿が王族席のほうへ近づいてくる。
アイザックと、ウェルスターもその視線をレデオン卿に向ける。
彼らもまた、レデオン卿を慕っている者のひとりだった。


レデオン卿は遠くでもわかるほど、周囲より頭ひとつ分高い長身の持ち主だ。
頑固そうな強面に、いかり上がった眉がさらにその存在を大きく、強く見せている。


アイザックが道を開けた。
「皇子様、リネ姫様、レデオンでございます。先日の失態、大変失礼いたしましたこと、お詫びに参りました。」
頭を下げそう告げるレデオン卿の声は、外見からの印象とは違い、穏やかに響くものだった。

「レデオン卿、こちらへ。」
フランツの言葉に、アイザックが道を開ける。

「レデオン卿、こちらがリネ姫だ。」
「リネ姫、先日は失礼致しました。」
レデオン卿はフランツの隣に並んだ花のような少女をじっと見つめた。

「私のほうは回復致しましたので、どうぞお心を休めてくださいますように。」
フランツ皇子から伝説の救いだと聞いている。同時に何ら確信がない話だとも。
だが、少女には青い玉があったという。

それが何よりの証拠ではないかと思われ、レデオンはこうしてその『救い』に直接会いに来てみたのだった。


ディアナは、自分が『役』だと知っているレデオン卿に、この場でどう返したらいいのかわからなかった。
両手を胸にあて、小さく膝を折ってあいさつをした。
レデオンはそれを見ると、片手を胸にあて、頭を下げてディアナに応じた。

「先日の首飾りは大変すばらしかったです。
あなた様の祖国はとても素晴らしい国なのでしょうね。
どうぞ、皇子様のおそばでお守りくださいますように。」

そういうと、皇子にあいさつをし、ホールへと降りて行ってしまった。

ディアナはあまりにあっさり行ってしまったレデオンにあっけにとられた。
しかし、そのレデオンの態度に興味の沸いたようなまなざしでレデオン卿の後を目で追っていた。
≪なんて素敵なんだろう・・≫
言葉は少ないけれど、すべてを理解しているような含みを込めていて・・。

「リネ姫。」
くるり、と身体がフランツのほうへ回された。
「はい。」思わず返事をするディアナ。
「宰相は妻子持ちだ。それにもうすぐ孫も生まれる。彼はダメだよ。」

「…!そ、そんなつもりでは…!」
どうしてそんな話になるのかとあっけにとられ、言い返そうとすると、
フランツの瞳がゆるみ、いたずらっぽく光るのが見えた。

「きみは私のなんだからね。リネ姫。」
額にフランツ皇子の唇が触れた。
また背後でざわつきが広がった。

逃げようにも、ここは人の目が多すぎる。
皇子の胸に抱きすくめられた状態から、なんとか抜け出そうとするが、
この胸の内はびくともしない。ぎゅっと痛いほど力を込められているわけじゃないのにほどけない。



頬を染めたディアナが自分の腕の中にいる。

仕方ない風ではあるが、尚更そんなディアナが可愛くて、フランツはもう少しこのいじわるを続けたくなった。


腕を解かない、それだけなのにディアナの顔はさらに紅さを増していく。

私の胸を叩いて離せと言っている白い手。抱きしめればふわっと広がる花の香りが、余計に抱きしめていたくさせる。

ディアナは自分がこんなにも男を魅了していることを知らないのだろう。
他の男に触れさせでもしたら・・


そっときれいな指がディアナのあごの下に添えられた。
上を向かせられる。
フランツのきれいな唇が開かれる。
「私だけを見ていて。」

ディアナの心臓が早鐘を打つように早くなる。


その状況を解いてくれたのは、フランツに挨拶をと集まる客人たちだった。
フランツはしようがなく、ディアナを囲っていた腕をやっと解いた。
ディアナをソファに座らせると、アイザックに飲み物を持つよう伝える。

ディアナはまだ頭がぼうっとしているようだった。


「…様、リネ姫様。」
何度か呼ばれていたようなのにはっとする。アイザックがそばに片膝をつけて呼びかけていた。

「リネ姫様、難しいお顔をされておられますよ。」
小声でそうささやくと自分の眉間にそっと手を当てて見せた。

≪あ、いけない、いけない、、≫
ディアナは目をつぶり、胸元に両手をあてた。

いつもそこに感じられていた青い玉の存在を、今はないけれどそれを思いだしながら深く呼吸をひとつしてみる。

いつもそれを手に持って目を閉じると、不思議なことに気持ちが休まるようだったから。
それは今では癖になっていた。

「もう、大丈夫です。」
にこりとして見せた。

「フランツ皇子のご愛情がお深いようですね。」
アイザックがさらっと言ったひと言に、ディアナはまた思い出して
耳まで赤くなってしまうのだった。

ピンクに身体を染め、ほんのりどこかから香る花の香り。
≪おや…。≫
アイザックも何かを感じずにはいられなかった。
≪なるほど、皇子のご執心が今わかるような気がしますね。
皇子は本当に偽りのお相手役で留められるのでしょうかね。。≫
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