今、鐘が鳴る
翌朝、泉さんに揺り起こされた。
「薫が来た。ちゃんと約束守りや。内緒やで。」

そう言って泉さんは、私にホテルのパジャマを着せてから、唇にそっと口付けてくれた。

……これが最後のキスなのかな……。

「師匠!百合子ちゃん、大丈夫ですか?」
水島くんはホテルの人と一緒に、大きな荷物を抱えて部屋に入ってきた。

「おー、悪いな。薫。」
泉さんは水島くんから荷物をもらって、テーブルの上で袋をひっくり返した。
ドサドサッと、洋服や下着が山積みになった。

「なんや、これ、薫の趣味け!?ダサっ!」
ぶちぶちと文句を言いながら、泉さんは私に着替えを放り投げた。

「自分、まだゲロ臭いから、もっぺん風呂入ってから着ぃ。」
泉さんのひどい言葉が偽りだとわかっていても、私は少し傷ついた。

念入りに髪も身体も洗い上げてから、水島くんの買ってきてくれた服に着替えた。
下着のサイズまでピッタリで驚いたけれど、泉さんが指示したのかしら。
恥ずかしいな。

お部屋に戻ると、泉さんの姿がなかった。
「師匠、先に出たで。百合子ちゃんを家まで送るように仰せつかったし。行こか。」

胸に鋭い痛みが走った。
……泉さん……ご挨拶もできなかった。

「百合子ちゃん、夕べの店にいたって?気ぃつかんかったよ。……師匠じゃなくて、俺が助けたかったな~。残念。」
水島くんは本気でそう思ってくれてるらしかった。

「……恥ずかしいわ。私、さんざん吐いてしまって、泉さんに迷惑をおかけして……」
私がそう言うと、水島くんはちょっと考えてから言った。

「夕べ師匠から連絡受けて、すぐに佐藤にメールしたから。百合子ちゃんは、大学のコンパの王様ゲームで酔いすぎて、先輩にお持ち帰りされそうになったところを、店に居合わせた『俺達が』助けたけれど、嘔吐がひどくて帰れなくなった、って。今朝、電話で百合子ちゃんの服のサイズも聞いた。いいね?」

……泉さんだけじゃくて、水島くんにもお世話になったことにするのね。

「わかったわ。ありがとう。」
水島くんはうなずいて、スマホを差し出した。

「履歴から佐藤に電話しぃ。百合子ちゃんの電話は充電切れって言うたから。」
私は、言われた通り、碧生くんに電話をした。

『もしもし?水島?百合子は?』
切迫した碧生くんの声に、胸が痛くなった。

「百合子です。心配かけて、ごめんなさい。」
『百合子!大丈夫?』
「ん……頭が痛くて、胃がムカムカする。もう当分お酒は飲みたくない。ゼミの飲み会にも、もう行かない。てか、ゼミにも行きたくない。……本気で休学したい。」

碧生くんの声を聞くと、自分でも思ってもみなかったような弱音が漏れ出てきた。
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