今、鐘が鳴る
「泉さん、あのまま前にいていいのでしょうか。」
金網に手をかけ中沢さんに聞いた。

「待ってるんだよ。先行ラインの後ろにつくか……あるいは……」
あるいは、番手勝負?
怖い……。

打鐘周回に入り、7番手を走っていた東北ラインが動き出した。
鐘が鳴って、東北ラインが前に出ると、泉さんはその4番手についた。
このまま走ってゴール前の直線勝負?
と思ったら、さらに2車の九州ラインが、最終周回第1コーナーで発進。
泉さんはその捲りの後ろについていく。
その外側から南関の3人がさらに発進。

「アンコや……」
あんこ?

言葉の意味はよくわからないけれど、泉さんの左にも右にも他の選手がぴったりくっついている。
あれでは何もできない。
ただ、左右の圧力に負けないで並走するだけ。

……泉さん……。

コーナーで泉さんの前後にも選手が入り、泉さんはたぶん意図的に完全に包み込まれてしまった。
身動きが取れないまま最終第4コーナーに入る。

前が空き、外側が膨らむ。
ようやくできた空間に泉さんが鬼気迫る顔で突っ込む。
脚だけじゃなく、全身で前へ前へ飛んでいるのがわかった。
上半身が、他の人よりも横に広げた肘が、まるで羽ばたいているように見えた。

「……間に合わない……」
よく伸びたけど、泉さんは3着に終わった。
「あ~~~~~。」
中沢さんは頭を抱えてしゃがんだ。
本当に心中してたの?

ゴール後の泉さんが1周回ってくると、中沢さんは立ち上がって叫んだ。
「しょ~り~!武雄記念、がんばれよ~!」

たけおきねん?
「きねんって、G3ですよね?たけおは……どこでしたっけ?」

……競輪のグレードレースは、GP、G1、G2、G3、F1、F2の6種類だが、どうやらあまり浸透してないらしく、昔からの競輪ファンはGPはグランプリ、G1は特別競輪、G2は流動的なので大会名で、G3は記念競輪、F1はS級シリーズもしくは準記念、F2は平開催と呼ぶらしい。

「佐賀県だよ。行くかい?温泉や大名庭園があって、いいところだよ。」
……いやいやいや。
いくら私が暇な大学生とは言え、いきなり佐賀県に行くのは……ねえ?

「ま、とりあえず、行こうか。」
「行くって?どこへ?」
「まずは払い戻し。お嬢様、ワイド買ったんだろ?」

忘れてた!
ワイド車券は2つ的中していた。
2車単や3連単には遠く及ばないが、それでも投資した分の半分以上が戻ってきた計算になる。

「中沢さん、これ。お祝儀です!」
そう言って3万円を差し出した。
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