今、鐘が鳴る
イエローカード
「楽しかったわねぇ……。」
母がまたそう言って、ため息をついた。

城崎旅行から帰った翌日、碧生(あおい)くんは東京に帰っていった。
私以上に母は電池が切れてしまったようだ。
義父がプリントアウトしてくれた旅行の写真を眺めては微笑み、ため息をつき、泣く。

「まるで碧生くんに恋してるみたいですよ。」
私が呆れてそう言うと、母はまたため息をついた。

「次はいつ京都に来るって言ってらしたの?」
「さあ。聞いてません。……7月に名古屋で会うかもしれませんが未定です。」
母は不満そうに首を振った。

「7月!夏休みまでもういらっしゃらないの?」
「夏休みはアメリカに帰られるそうですよ。」
私の返事に母は泣きそうな顔になった。



夜、自室で碧生くんとスカイプで話すのが日課となった。
……と言っても、週のほとんど、碧生くんは恭匡(やすまさ)さんの家に泊まる。
その日も恭匡さんのお家からの交信だった。

『お母さんからお電話いただいたよ。』
碧生くんはイヤホンマイクを付けているので、私の声は後ろの2人には聞こえない。

でも、碧生くんが何か話す度に、恭匡さんが転がりそうになって笑っているのが見えた。
……恭匡さん、笑い上戸なのね……。

「母、ワガママを言ったでしょ?ごめんなさい。」
『いや。かわいいおねだりだったよ。遊びに来て、って。』
くすくすと碧生くんは笑った。
『実の母親はそんなこと言ってくれないから、すごくうれしかったよ。』

……たぶんそれをそのまま母に言って……また、母を不必要に喜ばせたんだろうなあ。
「あまり無理なお願いは聞かなくていいからね。図に乗るから。」
私がそう言うと、碧生くんは肩をすくめた。

『なんで?お母さんと俺の願いが一致してんだからいいじゃん。行くよ。』

恭匡さんの冷やかしにも負けずそう言い切った碧生くんに、私は自然と微笑みが出た。




5月下旬の日曜日、東大の「五月祭」という学園祭のようなお祭りに、碧生くんが母と私を誘ってくれた。
……子供のように目を輝かせて母はキャンパスを闊歩した。

碧生くんは1年生の時はクラスの模擬店に積極的に参加してたらしいけれど、今年は母を案内するために身体を空けてくれたらしい。

「恭匡さんは来られませんの?」
母は可愛い甥っ子にも逢いたいようだったが、
「こういうお祭り騒ぎは好きじゃないそうです。駒場ならまだ近いけれど……」
と、碧生くんが申し訳なさそうに説明していた。

「由未さんは?同じクラスと聞いてましたけど……」
碧生くんは苦笑いした。
「こんな浮かれた場所に、やすまっさんが来させないって。いつもなら俺がボディガードを仰せつかるんだけど、今日はおばさまと百合子で手一杯。」

あー……。
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