今、鐘が鳴る
翌月は2度も碧生くんは京都に来た。
母は大喜びで碧生くんをもてなした。

……既に、手ぶらで来ても不自由ないほどに、母は碧生くんの衣服や日用品を揃えていた。
なぜか我が家に碧生くんの部屋がキープされているというのも、すごい話だ。

私の生活にどんどん碧生くんが浸食してくる。
碧生くんが束縛しなくても、がんじがらめになっている気がする。

戸惑いもあるけれど、隠さなければいけない恋愛しかしてこなかった身にはうれしかった……。



7月に入ってすぐ、名古屋で碧生(あおい)くんと待ち合わせた。
「おはよう。たまにはこんなデートもいいね。」
「……行き先は競輪場だけどね。」
ふふっと笑い合いながら隣を歩く。

当たり前のように碧生くんは私の背中や腰に手を回し、階段では手を取ってくれる。
それがあまりにも自然で……たまには普通に腕を組むとか、手をつなぐとかでもいいのに。

名古屋駅のバスセンターから競輪場行きの無料バスに乗る。
10時頃に競輪場に到着。

私達がバスから降りたちょうどその時に、通用口に観光バスが横付けた。

……泉さん……。
車窓越しに目が合った気がして、私は慌てて碧生くんの背の後ろに隠れた。
気のせいであってほしいけど、気のせいじゃないよね。

どうやら選手は、競輪場と宿舎の間をバスで移動するらしい。
「水島だ。」
碧生くんが水島くんがバスから降りてくるのに気づいて、つぶやくようにそう言った。

……水島くんの隣には当然のように師匠の泉さんがいた。

入場して特別観覧席に入る。
京都や奈良に比べて、大きくて綺麗な建物だった。
ただ、前に座ったのは失敗だった。
じりじりと陽がさしてきて、暑い。

……なるほど、地元のおじさん達が上のほうにしかいないのは、階段がつらいだけじゃなく、この日射しもあるからなのだろう。
レース中以外はロールカーテンが降りてくるし、エアコンもかなり強くかけてくれていても、やっぱり太陽の力には敵わなかった。

「ランチ行こうか。ここは珍しくカフェがあるらしいよ。」
下調べしてきた碧生くんに連れられて、フードコートを通り抜けて、別の建物へと行った。
ウッドデッキのあるカフェは、大学のカフェテリアのような雰囲気だ。

「あれ?閉店してる……」
「ほんと。」
……まあ、客層とお店が合ってないかもしれない。

今日はS級選手が出ると言っても、観客の数そのものも少ないし。
「あんかけスパ、食べられると思ったんだけど……」
残念そうな碧生くん。

「じゃ、水島くんのレースが終わったら出ましょうか。」
私がそう言うと、碧生くんは物言いたげな顔で私を見た。

……泉さんのレースは見なくていいのか、と言いたいのだろう。

私は微笑んで見せて、うなずいた。
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