今、鐘が鳴る
泉さんは病院に運ばれてすぐ、MRIや各種検査で脳内出血も腫れもないことが確認されたそうだ。
目覚めた時に頭痛があったようなので、このまま一晩様子を見て、問題がなければ翌日退院してもいいらしい。

……よかった……。
お薬で眠りについた泉さんの寝顔を見て、私はようやく安堵のため息をついた。

「では、私は帰りますね。後をよろしくお願いいたします。」
廊下に出てから、水島くんにそう言って深く頭を下げた。

「いや、ごめん。こんなとこまで。でも、ありがとう。師匠、百合子ちゃんの来るの、待ってたんやと思う。無理させて、すんませんでした!」
私よりさらに深々と頭を下げた水島くん。
泉さんを心から慕っていることが伝わってきて、私はまた涙がこみ上げてくるのを感じた。

「……たまたま、タイミングが合っただけでしょう。それより奥様にもお知らせしてさしあげてください。ご心配されていることでしょうから。」
そう言ってから、私は、言わずもがななことを付け足した。
「くれぐれも、私が来たことはご内密にお願いします。奥様、おもしろくないでしょうから。」

水島くんは苦笑しながらうなずいた。
「……そっちはまあ今さらどうしようもないかもだけど……佐藤には内緒にしとこう。」

急に碧生くんの名前が出て、私は胸に鋭い痛みを感じた。

内緒にすべきことなのだろうか。
人の生き死にに関わる緊急事態だったのに。

……いずれ明るみに出るような気がする。
私自身が言ってしまうかもしれない。

水島くんと別れて、すぐに由未さんに電話した。
『そこで待ってて。すぐ行くから。』

そう言われて待ってると、程なく由未さんの乗ったタクシーが到着した。
隣に乗り込む。

「……すごい荷物ね。」
いくつもの紙袋を持った由未さんに少し驚いた。
「うん。とりあえず、着替え一式は必要と思って。デパート閉まっちゃったから、ちゃんとしたブランドの洋服じゃないけど、我慢してね。」

そう言えば、かなり汗もかいた気がする。
「ありがとう。気が利くのね。」
感心してそう言うと、由未さんは赤くなった。
「や、そうでもないねん、それが。恭兄さまに言われへんかったら、靴とかバッグも必要って気付きもしいひんかったし。百合子さん、お草履に金襴のお鞄やもんね。」

……靴まで……。

「私自身もそこまで至らなかったと思うわ。本当にありがとう。」
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