エリートな彼と極上オフィス
ちなみに嶋さんは、私の人事的な直属の上司にあたる。

成績の一次評価者も彼だ。



「教育係ってことで山本にも聞いてもらってるけど、基本的には湯田さん自身の考えで決めてほしい」

「はい、何をでしょう」

「この制度を利用して、湯田さんを企画部門に行かせてはどうかという打診が人事部からあった」



思わず、先輩と目を見合わせた。

榎並部長だ!

あの、と先輩が会議机に身を乗り出す。



「受け入れ先は具体的に決まってるんですか」

「ポートフォリオのチームに話をつけてある、とある。先行開発企画だね、重要な部署だ」

「2年目の湯田を動かすには、2-4制度を隠れ蓑にするのがいいってことですね」

「そのとおり、うちの会社はジョブローテーション制とはいえ、3年未満で動くのは非常に稀だからね」

「私はそんな希望、出してないです、ほんとに」

「わかってるよ、人事もそれは明らかにして打診してきているし、僕や岩瀬さんもそこを承知の上で、湯田さんと話すことにしたんだ」



それは…。

つまり、私が企画に行くというのも“あり”だと、嶋さんとCMOは考えたってことだ。



「湯田さんをいらないと言っているのではないよ、間違わないでね」



頭の中を読まれた。

嶋さんは静かな声で、説明してくれる。



「異動は裏から見れば、人気者の取り合いだったり不用品のたらい回しだったりする。でも僕が上司として一番重要視するのは、やはり本人のキャリアだ」



嶋さんがこんなふうに、自分を上司と呼ぶのは珍しい。

事実はそうであっても、ただ階級的にその資格があるだけ、という感じに控え目で、あまりそういう立場をふりかざさない人だからだ。



「本音を言えば湯田さんには、あと一年はここで一緒にやってほしい。でも一年後に、いい異動をさせてあげられるかは、申し訳ないが、わからない」



はい、一連の異動騒ぎで、私もなんとなく知りました。

こういう会社では、人ひとりを意図的に動かそうとすると、その意図を隠すために無数の動きが派生する。

パズルのように全体が組み替えられ、そこに本人の意思が反映される余地なんて、ほぼない。


そしてIMC室という特殊な部署で3年勤めたという経歴が、私の場合、足枷になる可能性がある。

嶋さんが示唆しているのは、そういうことだ。

染まりきらないうちに出たほうが、受け手も見つかる。

そういうことだ。

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