甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

「課長? ベランダ来ないんですか?」
振り返り、手招きする。

「お前、本気で声がでかいから。近所迷惑」
「お月見しましょうよ」
「趣旨が変わってるぞ」と、やれやれといった顔で立ち上がり、へたりとすわりこんだ私の少し後ろに立って、顔だけ出した。

「月、雲で隠れてるぞ。もういいだろ?」
「……見送れないじゃないですか。雲に隠れてたら。ちゃんと帰れたか確かめたいんです」

そう伝えると
「電話しろ」
「でないんです」
「とりあえず、うるさいから閉めるぞ」

課長の手を掴んで前に引くと、彼はバランスを崩し私の隣にゆっくり片膝をついた。

「なんだ?」
「なんとなくわかってはいたんです。
最近、喧嘩多かったし。
彼も私に冷めてきたって、わかってはいたんです。
だけど、私、わかっていながら、頑張ろうとしなくて、気づかないふりをしてました。
だから連絡とれなくなってすぐ、別れたんだって気付いてたのに、悩んでる振りをしてたんです。
何がしたかったんですかね。ここ数日、こんな生活をして」
「そうか」

そういえば、課長とこんな近くで顔を合わせて話したことないかも。
それはそうか、なんかこの距離って恋人との距離だもんな。
じっと見つめ合っているとなんだか照れ臭い気分になる。
酔ってるからか。なんかこういうシチュエーションって……。

「課長、ここキスするところです」
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