月夜に散歩
とある夫婦のある意味日常なイヴ─クリスマス─
 右手に通勤用カバン、左手に赤い箱のケーキ。そしてコートのポケットに、妻へのプレゼントである腕時計の入った小箱があることを確認して、我が家の玄関ドアを開けた。

「ただいまー! ケーキ買ってきたよー!」

 声を張り上げると、「はーい」と愛らしい声が聞こえ、次いでスリッパのパタパタ走る音がやってきた。

「お帰りなさい、貴臣さん」

 リビングのドアを開けて、香ばしい、良い匂いを引き連れてやってくる妻。その姿をみて、俺は危うくケーキの箱を落とすところだった。

(な!)

 妻がパタパタとスリッパを鳴らすたびに揺れる、ツヤツヤの長い黒髪。

(なな!)

 その頭に乗る、真っ赤な三角帽子。

(なんと!)

 ふわふわりんと揺れる、真っ赤なミニスカート。そしてそのふわふわりんから覗く、肌理細やかなスラリとした脚。

 きゅっと引き締まった足首、ほどよく筋肉のついたなだらかな曲線を描くふくらはぎ。かわいい膝小僧。そして、太すぎず細すぎず、絶妙な弾力を持つ太腿が、仕事から帰った俺を癒すべく出迎えてくれた。

「ただいま俺の生足いいいいいいっ!」

 こんな美味しそうな脚を前に飛びつかずにいられるか? いや、無理だ。

 カバンを放り投げて飛びついた脚を下から上へするりと撫で上げたら、ごつっ、といい音を立てて俺の顎が砕かれた。妻の強烈な膝蹴りが俺の顎にヒットしたのだ。一瞬頭上にお花畑が見えた。

「あら、すみません、貴臣さんの手があまりにも冷たくて、ビックリしてしまって」

 そうか、外から帰ってきたばかりの冷たい手にビックリしたか。そいつは悪かったが、それにしても痛いぞ。まあ、スカートの中身がチラリと見えたので役得でもあった。役得……なのだ、が。

「……椿姫よ。そのスカートの中はなんだ」

 太腿を半分ほど隠すミニスカートの長さは完璧だった。けれども、その中身はいただけない。何かモコモコしている。

「毛糸のパンツですよ」

 妻はしれっと答えた。

「いかん! そこまでかわいく仕上げたのなら、中身もヒモパンで武装してくれ!」

「何を言っているのですか」

 妻は少し呆れたような目をした。

「いくら暖房を入れていても、冬は冷えるのですよ。こんなミニスカートではお腹が冷えてしまいます。この衣装は貴臣さんが喜んでくれると思い購入したものですが、冷え性の私には辛い短さでした。これから貴臣さんと結婚後初めてのクリスマスを迎えるというのに、トイレとお友達状態になっては楽しめないと思いまして、見えない部分をお洒落にしたのです」

「椿姫、冷え性だったのか」

「そうです。真冬にミニスカートにヒモパンで頑張れるのは十代までです。私には無理です」

「そ、そうなのか……残念だ」

「残念ですか」

「非常に残念だ。だから暖房をマックスにしてチャレンジしよう」

 真顔でそう言ったら、冷たい視線を返された。ちぇっ、駄目か。まあ確かに、無理をして具合が悪くなってもいけないからな。愛しの妻の身体を第一に気遣わないといけないな。うん。非常に残念だけれど。

 気落ちしてしまい溜息を吐くと、妻も溜息を吐いた。

「仕方ありませんね。ではクリスマスということで、大サービスです。この毛糸のパンツ、なんと後ろにサンタさんに扮したウサギさんがいるのです。どうです、かわいいでしょう」

 両手を腰に当て、妻はふんぞり返る。

「ああ、まあ、ウサギはかわいいな」

「そのかわいいウサギさんとのご対面を許します」

「え」

 ほんの少し照れた顔の妻がくるりと後ろを向き、ゆっくり、ゆっくりとスカートをつまみ上げていく。徐々に顕になっていく艶かしい太腿もそうだが、何より、男勝りな妻が照れた顔をしているのに萌えた。

「つっばきいいいいー!」

 思わずプリプリお尻にダイビングしてしまったら、ごつっと、額に鋭い肘鉄を食らった。目から星が飛び出た。

「あらあら、見るだけですよ貴臣さん。そういうのはまだ早いですよ、ご飯もまだなのに……」

 白い頬を染め、モジモジする妻はかわいい。だがしかし、穴が空くほどの衝撃を額に受けた俺は、そのまま玄関に倒れてしまった。

 クリスマスだというのに、相変わらずの我が家である。







【とある夫婦のある意味日常なイヴ】

テーマ 『クリスマス』



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