カフェ・ブレイク
「ところで、マスター、どうすんの?なっちゃん。」
思い出したように小門が聞いてきた。

「どうもこうもできませんよ。」
少しふてくされてそう言うと、小門は眉をひそめた。

「ちゃんと引き留めないと、あの子出て行っちゃうよ。」
胸がズキンと痛んだ。

「……何か聞いてるのですか?」
恐る恐るそう聞いてみた。

小門はため息をついた。
「なっちゃん、怖いみたい。マスターに、出て行けって言われるのが。だから、自分から出て行くつもりらしいよ。」

……何でだよ。
出て行けなんて言うわけないだろ。
俺がなっちゃんと嫌々住んでると思ってるのか?
意味わかんねー。

ムッとしてる俺に、小門は苦笑した。
「怒るなよ。いじらしいじゃないか。マスターに迷惑かけたくないんだろ。」

「迷惑なら最初から家に入れませんよ。」
「じゃ、どういうつもりで入れた?」
小門は静かに、でも真剣にそう聞いていた。

「どうって……」
俺は言葉に詰まった。

単に、俺を無視してんじゃねーよ、って……引っ張り込んでしまったんだよな。
さすがにそうは言えない。

「就職が決まるまで、自立できるまで、って言ったんだろ?」
小門にそう聞かれて、俺はうなずかざるを得なかった。
「確かにそう言いましたけど……」
そんなの表向きにとりつくろった理由でしかないに決まってるだろ。

「その後もそれ以上のことも言ってないんだろ?半年以上同棲してるくせに、親に紹介も挨拶もなしなんだろ?」
小門は容赦なく俺を追い詰めた。
俺は、言い返すこともできなかった。

「まあ、マスターのことはよく知ってるから、今の中途半端な状況を気に入ってる限り一歩も進まないって想像つくけど。……でも、あの子のほうから将来のことを口にすることは絶対にない。わかるだろ?」

そうだろうな。
離婚の経歴も負い目だろうし、何より、なっちゃんは男にすがるタイプの女じゃない。

「かわそうに。悪い男に惚れたもんだよ。口先ばかり対等と自立を促して……ほんとは自分のペットでいてほしいくせに。自業自得だけどな。」
はっきりと小門は俺を非難していた。

けど、俺には言い返すことも怒ることもできなかった。
……その通りだと自覚していたから。

途方に暮れてる俺を置いて、小門は帰って行った。


どうすればいい?
なっちゃんが、出て行ってしまう?

引き留めたい。
でも、どうやって引き留める?

俺はさらなる迷路に放り込まれてしまった。
答えを出すことができないまま、それでもなっちゃんを自分勝手に求めた。

日ごと夜ごと、俺のほうがなっちゃんに依存していることに気づかないまま、時は過ぎて行った。
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