カフェ・ブレイク
「慇懃無礼に威圧しないで。」
なっちゃんがオヤジに向かって顔を赤くしてそう言ってるのを見ると、逆に俺の心は落ち着いてきた。

「ようこそ、純喫茶マチネへ。古城章と申します。京都では、『夏子』がお世話になりました。」

はじめて、なっちゃんを呼び捨てにした。
なっちゃんは、それだけで涙目になってしまった。

……こんなことでそんなに喜ぶなら、もっと早く呼んてやればよかった。
俺は、そっとなっちゃんの両肩に手を置いた。

「落ち着いたら、挙式します。順序が前後しましたが、夏子と、生まれてくる子供と、楽しい家庭を作ります。……祝福していただけますよね?」

言った!
言ってやった!

俺は、なるべく落ち着いて言ったつもりだったが、興奮して鼻の穴がピクピクと広がるのを抑えることまではできなかった。

なっちゃんは、涙を目の端にためたまま、とろけそうな目で俺を見上げていた。
……無防備な、全幅の信頼がうれしくて、俺は完全に緊張感から解放されていた。

誰もいなければ、このままなっちゃんを抱きしめて、顔中にキスの雨を降らせたいぐらい……たまらなく、愛しかった。



「……なるほど。夏子さんが京都から逃げ出したわけだ。」
むしろ楽しそうに竹原オヤジは言った。

「要人(かなと)さん……」
なっちゃんは、瞳をうるうるさせてオヤジの名前を呼んだ。

イラッとして、なっちゃんの肩に置いた手にちょっと力を込めた。
慌ててなっちゃんは、俺を見上げた。
まるでチワワのような目に、俺の心はすぐにほぐれた。

「……うちの、レギュラーブレンドでよろしいですか?お好みでお味の調節は可能ですが。」
自分のペースを取り戻し、竹原オヤジに注文を聞く。

「夏子さんお勧めの、ブレンドを。……クンパルシータより美味しいんだよね?」
悪戯っぽくそう言われて、胃がチクリと痛んだ。

「……マダムのコーヒーは、私も好きでした。嗜好には個人差がありますので、お気に召す保証はありませんが……しばらくお待ちください。」
そう言って、カウンターの向こう側へと戻った。

「頼之くんも、ブレンドでいい?」
「……はい。」
何となく事情を察したらしく、頼之くんは神妙に成り行き見守っていてくれた。

いつも通りゆっくり豆を挽いて、丁寧にネルにドリップしてゆく。
常連さんたちの雑談の向こうから、なっちゃんが竹原オヤジに文句を言ってる声はよく通って聞こえてきた。

「じゃあ由未さんを松本くんの家に住まわせる気ですか?信じらんない!」

「そうですよ!由未さんにもし見つかったらどうするんですか!逃げてきた意味ないじゃないですか!」

「……いや!絶対いや!私はココが好きなんです!」
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