カフェ・ブレイク
母は、黙ってペンと判子を持ってくると、未記入の婚姻届に記名捺印してくれた。

そしてカレンダーの暦を確認してから、宣言した。
「明日さっそく夏子さんのご両親に挨拶して、来週の大安に結納、再来週の大安に入籍するわよ。式と披露宴は、来年の春。それでいい?」

……いいも何も、決定事項なんだろ、それ。

「閉店後でもいい?」
一応、店もあるのでそう聞いた。

「本来なら午前中にすべきことばかりなんだけど……まあ、あんたがあのお店を大事にしてるのは知ってるから……いいんじゃない?」

なっちゃんはニコニコして言った。
「いっそ、うちの両親を純喫茶マチネに呼び出して、開店前に済ませてしまうのは如何ですか?」

「それはダメ。うちのほうから簡略化は絶対しない。夏子さんを大事にする、って意思表示だから。ちゃんと本格的に全部するわよ。」
母親は力強くそう言った。

なっちゃんの目がまた潤んだ。



「……もう1つ条件出そうかな。」
俺たちが婚姻届にサインするのを眺めながら、母がつぶやいた。

「何?」
ちょっと怖い気がしたけど、聞くだけ聞いてみる。

「今まであの店をあんた1人でほぼ無休でやってきたことは評価するけどね、これからは定休日を作るか、誰かヒトを雇って、あんたが休む日を作りなさい。」

……ヒトを雇うのは……人件費、かかるしなあ。
でも、今はいいけど、子供が生まれたら、確かに一緒に遊ぶ時間も必要かもしれない。
「……わかった。定休日、考えるわ。」

なっちゃんの顔が、にへら~っとにやけた。
……そっか。
ろくにデートとかしてないもんな。
順序が違うけど、これから、休みの度にあちこち出かけてみるか。

「さー!明日から忙しくなるわよ!」
「はいっ!」
めちゃめちゃ気合いを入れて宣言した母に、なっちゃんはうれしそうに返事した。

その夜は、亡き父が使っていたセミダブルのベッドで、なっちゃんと眠った。
色々あって興奮した一日だったらしく、なっちゃんはすぐに寝入ってしまった。

……多少はHなこともしたかった気もするのだが……まぁ、明日でいっか。
幸せそうな寝顔と、なっちゃんのぬくもりを何度も確かめて、俺は何年かぶりに幸せな睡眠を楽しんだ……のだが…… 翌朝、起きると、喉が痛かった。
どうやら少し熱もあるらしかった。

「……私にコート貸してくれたから……ごめんなさい。」
オロオロしてるなっちゃんに苦笑した。

「いや、風邪引いたのがなっちゃんじゃなくてよかったよ。」
鷹揚にそう言ってみたけど、母親は厳しかった。
「風邪が完全に治るまで、章は同居延期。夏子さんにうつったら大変!」

……確かにそうなんだけど……めっちゃショック。
否応もなく、俺は自室に戻された。

結局、店は休業、挨拶も延期。

俺が寝てる間に、母となっちゃんは結納品や指輪、ベッドを注文に行き、カーテンや壁紙のリフォームまで決めてきた。
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