カフェ・ブレイク
夕方、なっちゃんではなく、母親がやってきた。
「はい、これ、夏子さんの作った美味しい雑炊。明日の午前中リフォーム業者さんが来て、午後にはベッドも運び込まれるから、頑張って治しなさい。」

「……ありがと。これ、何?ピルケース?」
レトロでかわいい小さな缶を開けると、真っ黒い小さな粒の……薬?飴?

「リコリスですって。夏子さんから。どんなのど飴より体に優しくて効果絶大だそうよ。……美味しくないらしいけど。」
クスクスと笑って、母が一粒つまんだ。

「リコリス……甘草(かんぞう)か。まずそう。」
口を開けると、母が俺の口に入れてくれた。

……漢方臭くて、少しだけ甘くて、どんどん苦味と渋味が広がる。
「うん、くそまずいわ。」
でも、何となく昆布に近いアミノ酸系の味も感じる。

「良薬は口に苦し、ってね。それ、口に含んで寝なさい。明日は楽になってるわよ。」
母の言葉が暗示になったのか、リコリスの効能か……翌朝はすっかり平熱に戻った。



「おはようございます。お加減いかがですか?」
丸一日ぶりのなっちゃんは、朝の爽やかな光を後光に、慈悲深い女神のように見えた。

思わず両手を差し出し、胸に抱き寄せた。
「熱、下がった。店、行く。朝飯も、喰う。でもその前に、なっちゃんが欲しい。」

「……お母様が、お待ちだから……」
そう言いながらも、なっちゃんは俺の腕から逃れようとしなかった。

すりっと頬を胸に摺りつけて甘えるなっちゃんが愛しくて…… たまらず、朝からまぐわった。


その日は、一日が早かった。
一昨日の竹原オヤジの来訪に居合わせた常連さんが来るたびに、冷やかされ、からかわれ……俺はすっかり開き直った。
「結婚します!子どもも生まれます!祝ってください!」

それまで暗黙の了解だった俺となっちゃんは、こうして公然の仲となった。



俺たちが入籍した夜、小門は「おじいちゃん」になった。
あおいちゃんが、予定日より6日早く、玉のような男の子を産んだ、と頼之くんから写真付メールをもらったので、小門に転送した。

……もちろん、その子と小門にも、頼之くんにも、血縁はない。

あおいちゃんは、未だに頑なに頼之くんとの結婚を拒否している。

でも、頼之くんは未来への布石には成功しそうだ。
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