カフェ・ブレイク
予定日を過ぎても、なっちゃんは産気づかなかった。
薬を使って分娩を誘発する選択肢ももちろんあったが、自然に生まれるのを待つことにした。

毎日、店でもそわそわと過ごして……2月15日の昼前。
破水して病院へ行ったという連絡を母親から受けた。

ドアにかけた「OPEN」の札を「CLOSED」に裏返して、何食わぬ顔で戻る。
店内のお客さまが自然と帰られたところで、本日の営業は終了!
後片付けもそこそこに、病院へと向かった。

今にも雪が降り出しそうな黒い雲が空を覆っていた。


「章(あきら)さ~~~ん。痛い~~~。」
なっちゃんは陣痛がつらいらしく、俺を見るとベッドから両手を伸ばしてきた。

……母親となっちゃんのお母さんがいるけど、まぁ、いいか。
多少気恥ずかしいけれど、なっちゃんを正面から抱きしめつつ、腰をさする。

「……それ、楽……もっとして……」
そうおねだりされたので、一旦、身体を離してから腰に手を回して、さすり始めた。

「違う……」
なっちゃんは不満そうに俺を見た。

……つまり、抱きしめながら、さすってほしいわけだ。
甘えてるなあ。

苦笑しつつ、ちらっと2人の母親に視線を移した。

相変わらず派手ななっちゃんの母親は、身を小さくして恐縮していた……他の男の子を妊ったなっちゃんを受け入れた俺や母に頭が上がらないらしい。
……ずいぶんと遠回りして一緒になったけれど……このヒトがこれだけ殊勝になるのなら、なっちゃんの彷徨も無駄じゃなかった……なんて思ってる。

「私達のことは気にしなくていいから、なっちゃんのいいようにしたげなさい。」
俺の母は、入籍してから「夏子さん」から「なっちゃん」に呼び方を変えた。
親愛の情が増して、うれしいらしい。

なっちゃんは身体を捻って俺に両手を差し出した。
「はいはい。……捻らんとき。」
満足げに俺にしがみつくなっちゃんは本当にかわいかった。

しばらくすると、疲れてきたらしく、なっちゃんは横になった。
母親達が順番にさすったり、撫でたり、世話を焼く。

「今のうちに、交替で食事しましょうか。」
そう言われたけれど、とても何かモノを食べられる心境になかった。

「俺、いいから、お義母さんと行って来なよ。」
別に2人きりになりたい……というわけではなかったが、母親達は、なっちゃんのにやけた顔を見て、そう捉えたらしい。

「じゃあ、せっかくだから美味しいモノ食べてくるわ。……まだまだ時間かかりそうだから、ごゆっくり~。」

そう言い置いて2人が出ていくと、なっちゃんは再び起き上がって、俺にしがみついてきた。
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