カフェ・ブレイク
いつまでたっても浮上しない頼之くんにコーヒーを差し出した。
「頼之くん、入ったよ。」

すると、ようやく顔を上げた頼之くん……その顔は、ちょっと見たことがないぐらい真っ赤で恥ずかしそうだった。

「……マスター……オトナやってんな……」
ばつの悪そうな顔で、頼之くんはつぶやいた。

意味がわからない。

次の言葉を待っていると、ようやく観念したらしく、頼之くんはため息をついてから言った。
「ごめん。俺、まだ、童貞。だから、わからん。」

ど……お……て……い……マジか!?

「ごめんっ!そっか!いや、頼之くんのほうがよっぽどオトナだから、つい……そっか……そうなんだ……ごめん……」
何て言えばいいのか、わからない。

わからないけど、そうか……この立派な好青年は、素人童貞ですらないのか。
俺は感慨深く、改めてマジマジと頼之くんを見た。

「あんまり見んとってくれる?恥ずかしいから。」
頼之くんは本気で嫌がっていた。

「ごめんごめん。やー、さすがだねー。一途だよねー。……でも、あおいちゃん以前に好きな子、いなかったの?」
思わず、根掘り葉掘り聞きたくなってしまった。

「んー。女はいないかな……強いて言えば、ロシアの子?連珠の国際大会で対戦してた子のことは、好きの手前までいったな……あれは初恋に近いかな。」

ロシア!
美人が多いよな!

「へえ~。頼之くんって、ほんとに頭のいい美人が好きなんだ?……その子は?今はネットで連絡とか取れるだろ?」
気軽にそう聞いたけど、頼之くんの顔から表情が消えた。

「……わからん。政府高官のお嬢さんやったんやけど、突然お父さんが失脚したらしくて、家族みんな消えたんやって。荷物も金も全部そのままやったらしいから夜逃げじゃないらしい。殺されたか、収容所送りか。」

……何だよ、それ。

「現代でもそんなこと、あるんだ……」

頼之くんは沈鬱な顔でうなずいてから、力強く言った。

「小さい時にそんなん聞いたから、日本って国がこんなに生ぬるいままでいられることが奇跡みたいに思える。……災害は多いけどな。わけのわからん政治的な理由でヒトが消される国じゃないだけでもありがたいわ。ま、そんなん考えたら、奥さんが一時的に牛やカバに見えるなんて、幸せな悩みやと思うで。」

……結局、頼之くんにも窘められてしまったのか……俺。
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