カフェ・ブレイク
小門はカウンターの端に座り、灰皿を引き寄せると、煙草を吸い始めた。
俺は、小門の座った席のすぐ上にある換気扇のスイッチを入れてから、コーヒーの準備を始める。

しばらくすると、小門がため息まじりに話し始めた。
「……秘書課の女の子が今度結婚するんやけど……俺に仲人(なこうど)を頼んできよーねん。」

プッと、つい笑ってしまった。

対照的に、小門はカウンターにベターッと頬をつけた。
「な?笑うやろ?すげー嫌味。俺、そんな嫌がらせされよーほど、嫌われとーねんなあ。」
……小門は本気で落ち込んでるらしい。

俺は笑いを抑えて、小門の望み通りの営業スマイルと優しい声色で言った。
「むしろ好かれてるというか、心配されてるんだと思いますよ。自分の大事な結婚式をわざわざ上司への嫌がらせの場にするわけないでしょう。敬愛する小門さんが、一日も早く、優しい奥様とかわいいお子さんのもとに戻ってほしい。そのきっかけになるなら、って……いじらしい子じゃないですか。」

小門は、目に見えて悄然とした。
……まあ、これぐらいの意地悪は許されるだろう。

真澄(ますみ)さんの美しい横顔を思い浮かべながら、俺は小門を癒やす至高の一杯を注ぐ。

「……いい香りだな。」
小門は目を閉じて、しばし沈黙した。



中学生の時、小門成之は俺の幼なじみの玲子(れいこ)と付き合い始めた。
玲子はよく吠えるうるさい女だが、あまり弁舌ではない小門とはウマが合うらしく、2人はずっとうまくいっていた。
早くに父親を亡くした小門は、高校を卒業するとすぐに就職した。
玲子が大学を卒業したら、2人は結婚するはずだった。

しかし、無駄に優秀だった小門は、会社の社長にずいぶんと気に入られてしまい……娘婿に望まれた。
断るつもりで出向いたお見合いで、小門は真澄さんに一目惚れした。
真澄さんは、清らかで優しい聖女のような美人だ。
玲子には悪いが、比較にならない。
レベルが違い過ぎる。
小門の心変わりを誰も責めることはできなかった。

豪華な結婚式を経て、小門は真澄さんと幸せな新婚生活を始めた。
程なく、真澄さんは妊娠した。
あの頃の曇りのない2人の笑顔は、まぶしいばかりだった。

……そんな時、玲子の両親が事故で亡くなった。
喪主席で泣いていた玲子は、誰の目にも明らかなぐらい、腹がでかくなっていた。
問いただすと、既に臨月が近かった。
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