カフェ・ブレイク
「ありがとう。……お風呂、お先にどうぞ。」
「あ、はい。」

そう返事をしてから、振り返って聞いてみた。
「栄一さん、こちらのお部屋のお風呂、もう、ご覧になった?」

夫は、白い上衣の詰襟のホックを外そうとしていた。
ふっとほほ笑みが漏れ出た。
「やっぱりそのお姿が一番お似合いですね。」

改めて私がそう言うと、夫は恥ずかしそうにうつむいた。
「すみません。やはり、二次会の扮装は似合ってませんでしたよね。こんなおっさんが旧海軍兵学校の夏季用制服なんて……身の程知らずでした。」

私は、慌てて手を振った。
「いえいえ!素敵でしたよ!白い短ラン!」
……と言ったけれど、本当は期待が大きかった分だけ、かなりガッカリした。

海軍兵学校の夏の制服は、裾の短い詰め襟で……アニメや漫画で描かれるイメージでは、まるでタカラヅカの男役のように足が長く見えるはずだった。

が、実際に日本男児の夫が着てみると、単に上衣の裾が短いだけで、短足は短足のまま。
むしろ少したるんだお腹が気になって、全然かっこよくなかった。
その点、今、夫が脱ごうとしている現在の海上自衛隊の幹部常装第一種夏服は、お腹も足の短さもカバーできて、素直にかっこいいと言えた。


「お風呂、どうかしましたか?」
心のこもらないお世辞を聞き流して、夫は金ボタンをはずしながら問うた。

「ええ……ガラス張りで庭園や三重の塔がよく見えてて、何だか恥ずかしい感じ。浴槽も大きくて2人で入れってことみたいよ?」
真面目一徹な夫を少しからかってみたくなって、そう言ってみた。

すると夫は、ちょっと困った顔で私を見た。
「……私と、入りたいのですか?」
「……。」
返事ができない。

私は頬が熱くなるのを感じて、逃げるようにバスルームへと急いだ。
ドキドキする。
いわゆる、新婚初夜。

……一応2年お付き合いしてから結婚したのだが、夫はケジメをつけたいと言い張って、セックスどころかキスすらしなかった。
いや、頬と額にキスはもらったか……ついさっきの、結婚式と二次会で。


知らず知らずのうちに、ため息が出る。
バスタブで、身体を洗いながら、どこにも怪しい痕がないかチェックした。
……あるわけないか……
最後に章さんに抱かれてから半月が過ぎた。

ライトアップされた桜と三重の塔を眺めて、またため息をついた。
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