カフェ・ブレイク
「いや、でも恋愛感情でも食事をご馳走していただいてもいいんじゃないですか?切羽詰まってらっしゃるようですし。おモテになるのも、才能だと思いますよ?」

その気になれば、ジゴロにもホストにもなれそうな中沢先生の風体に、ついそう言った。

すると、中沢先生は唇の端を歪めるように上げた。
「ヒモになれ、と?」
「……いや、そこまでは。一時的に協力してもらうとか。」

中沢先生はキッパリと言った。
「女を食いものにする気はありませんよ。のたれ死んでも、私の人生です。」

かっこいいけど、かっこよくないかも、それ。

「まあ……のたれ死にしそうになったら、いつでも仰ってください。一宿一飯ぐらいは提供できますから。」
こんな会話なのに、冗談じゃなくてけっこう本気なのがおかしかった。



体育祭の翌日、私はいそいそと観劇に出かけた。
うちから日比谷までは約1時間だけど、部屋も見たかったので、出勤する日と同じ時間に出発した。
いくつかの候補を見てから、劇場へと向かった。

久しぶりの夢の世界……キラキラと輝くゴージャスで夢々しい舞台を見ているだけで、私は涙を止められなかった。
思えば、何て殺伐とした生活をしているのだろうか。
もともと、愛のない結婚生活には何の期待もしていないつもりだった。
特に夢も希望もなかったし、夫の誠実さと私を想ってくれるその気持ちだけで充分だと思っていた。
……でも、やっぱり、虚しい。
ずっとこのまま本当の自分を出せず、強がって生きていかなければいけないのだろうか。

自分を取り戻したい。

私は、姑の不興から逃れるために、夫の実家から離れたいと思って行動を起こした。
でも姑だけじゃない、全てのしがらみから離れたほうがいいのかもしれない。
……夫も含めて、全てから解放されたい。


終演後、まっすぐ帰宅した。
ガレージに駐車して、車を降りると、何となく煙たくて香ばしい気がした。
……またゴミを焼いてるのだろうか。

横浜市は市指定の有料のゴミ袋でゴミ出ししなければ引き取ってもらえないのだが、姑はゴミ袋代を節約したいらしく、庭でゴミを焼いているらしい。
危険だし、洗濯物に匂いがつくし、そもそも法律違反なのでやめたほうがいいと言ったところ、私が出勤中に焼くようになったようだ。

……結局、洗濯物は全て家の中で干すことにしているのだが……。

今日は平日だし、いつも通りの時間に出発したので、姑は私が仕事に行ったと思っているのだろう。

まあ、うちに火が移らなければいいのだけれど……と思いつつ、家の中に入ろうとして、パンパンと何かが弾いているような音が炎の中から聞こえた気がした。
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