恋色シンフォニー
「この間はどうも」
向こうから早乙女さんがやってきた。
プロオケの乙女系ヴァイオリン奏者の彼が、私の隣の設楽さんを睨んでいる。
“この間はよくもやってくれたわね”的なニュアンスの挨拶だ。
「師匠が師匠なら、弟子も弟子よね。神聖な音楽を愛の告白に使うなんて……」
やっぱりそうですよね。
プロからしたら、邪道ですよね。
音楽を冒涜するな、って怒りますよね。
早乙女さんは、今度はキリっと私を睨む。
ひゃー。私のこと覚えてるの?
「あなた、うらやましすぎよっ‼︎」
……ずかずかと去っていく早乙女さん。
爆笑する設楽さん。
もう、恥ずかしい……。
「あの、設楽さん」
「なぁに?」
「……本当に、あんな、個人的な感情丸出しの演奏でよかったんでしょうか?」
こんなにたくさんのお客様が来てくれたのに。
「オレはいいと思うよ。プロの万人向けの演奏より、よほど面白かった。
それに、あの拍手、聞いたでしょ。ここにいるみんなの顔、見てごらん。お客さんを楽しませたことは事実だよ。綾乃ちゃんが気にすることじゃない。むしろ、胸張りなさい」
……やっぱり、圭太郎の先生なんだなぁ。
「……今日は本当に設楽さんに一緒にいていただいてよかったです」
「ふふ。どういたしまして」