恋色シンフォニー

「仕事もコンマスもこなすって、何でそんな余裕なのよ」
「全然余裕なんかじゃないんだけど……」
「あの演奏聴いてから、シェヘラザードとオルガン付とカヴァレリアが頭の中を回りまくり。どうしてくれんのよ」
「コンマス冥利に尽きます」
「何歳から楽器やってるのよ」
「……4歳」
「コンクールとか出てたクチでしょ」
「ぼちぼち」
「いつからコンマスやってるの」
「3年前。……あの、食べながら飲んだほうがいいよ。何か取ろうか?」
「揚げ出し豆腐」
「はい、……どうぞ」
「ありがと」

あれ、話しやすい。
会話、弾んでるぞ。
話すのは何度目かなのに。

「橘さんも、弾いてたんでしょ?」

うぐ。
豆腐を口に入れる前でよかった。吹き出すところだった。

「な、な、何で……」

思わず顔を見てしまった。
三神くんはにっこり笑い、私の左耳の下を指差した。
「新入社員の頃、アザがあった」
「どこ見てんのよ! ……私のことはいいの」
「僕のこと質問責めにしたんだから、僕にだって知る権利はあると思うけど?」
「つまんないわよ。……大学オケで4年間やってただけ。以上」

大人になってから始めた私は、どう逆立ちしたって、三神くんみたいに弾けるようにならない。
だから、憧れる。
そうだ。
あくまでも、ヴァイオリニストとして憧れてるだけであって。
決して。
断じて。
男性としてかっこいいと思っているわけでは、ないんだから。

「橘さんのことだから、すっごく練習してたんでしょ」

優しい笑顔と声に、心臓が飛び跳ねた。
……くそぅ。
決意したそばから、何でドキドキしてんの、自分。
アルコールのせいに違いない。

食べながら飲もう。
顔は見ないぞ。
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