恋の指導は業務のあとに


男子が女性用の恋愛小説をレジに持っていくのは、ものすごく照れてしまうと思うのに。

しかも包装まで頼んでて・・・。


「これ買うの、躊躇しなかったんですか?」

「特に問題ない」


羽生さんはいつもと変わらない表情で、お茶を飲んでいる。

例えば私が男性用の小説を買うとしたら、棚にいくのも勇気がいるし、誰も並んでいないときを狙ってレジに行くと思う。

羽生さんがこれを買うところを想像してみるけれど、どうにも似合わな過ぎて笑ってしまう。

お堅いビジネス書を買うのが似合っているのだから。

やっぱり昨日は彼女とデートで、その途中で書店に行ったのかも。

それで、彼女に頼んでレジを通ってもらったのだ。

それなら納得できる。


「嬉しいです。大切にします。ありがとうございます」


早速ローチェストの上に並べていると、小説を持つ私の手に、後ろから伸びてきた大きな手が重なった。


「・・・え?」

「俺が、上の部屋にいることを忘れるな。分かったな」


耳元で小声で言われて心臓が跳ねる。

早鐘を打つ鼓動が、すぐ後ろにいる羽生さんに伝わりそうで咄嗟に胸を押さえた。


「返事は」

「・・・はい」


ぎゅっと握られた手が熱い。

背中に羽生さんの体温を感じて、全身の感覚がそちらに集中してしまう。

彼の息が髪にかかるのを感じて、顔が熱くなる。

――抱き締められる。

そう思った瞬間、「ごちそうさま」と言って羽生さんは離れた。

足音が遠ざかっていき、玄関のドアが閉まる音がする。

私の心に、再び嵐が吹き荒れる。


今のは、何?

どういう意味なの?


握られていた手の感覚が消えない。

小説を持ったまま、暫くの間動くことができなかった。


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