ビタージャムメモリ

「酔っぱらっちゃった?」

「え」



ぼうっとしていたらしく、気づくと男性がのぞきこんでいた。

やだ、途中から全然聞いてなかった。



「ごめんなさい、まだ大丈夫」

「いくつ?」

「今年25です」



友達も? と訊かれて振り返れば、早絵はまだバーテンダーと話している。

こら、と思いつつ、ここを繋ぐのが使命なようにも思えて、会話の糸口を探した。



「同い年です、そちらは?」

「32、きみたちからしたらおじさんでしょ」

「まさか、全然そんな感じ、しないです」



かっこいいし、と言おうとして、彼の左手に目がとまった。

視線を追った彼が、軽く指を動かしてみせる。



「奧さんいたら、ダメ?」

「いえ…」



ダメも何も…と取り繕いかけたところに、早絵がようやく戻ってきた。

ごめん、と私に目配せをして、話を引き継いでくれる。


ぼんやりと、それを眺めた。

そういえば私、先生の左手を、見なかった。


見る機会がなかったわけじゃない。

でもたぶん無意識に、避けた。


別に結婚してたからって、どうということはないんだけど。

先生への想いは、あの年頃によくある、一時的な憧れに過ぎなかったと、今なら言えるし。


あれ以降、他の誰かを好きにならなかったのは、別に先生に未練があったからじゃない。

単に、いいと思う人に巡り合わなかっただけ。


あの頃31歳だったのなら、今先生は、36歳。

当時だって、今だって、奥さんどころか子供がいたって不思議はない。



だから何?

だからなんなの、弓生?




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