ビタージャムメモリ
ぬるくてやっていられたわけがない。

氷にならざるを得なかったのだ。


今日のインタビューを聞いていて、それを痛感した。



「まあ、元から愛想のない先生ではあったけど」

「そこがよかったんでしょ? あっすみません」

「おっと、失礼…」



早絵とぶつかった、ビジネスマンらしき男性が、口笛でも吹きそうな顔で目を見開いた。

早絵を見た男の人は、たいていこういう反応を示す。


すらりとしつつも出るところは出た身体つきに、目鼻立ちのはっきりした顔、場に合ったメイク。

一瞬で意気投合したのか、周囲の音を避けるように、ふたりは顔を寄せ合って何事かささやき、楽しげに笑った。

早絵が私を指さす。



「友達もいい?」

「もちろん、さすがお友達も可愛いね」



おいで、と手招きされてバーカウンターに行き、それぞれドリンクをオーダーする。

見ず知らずの人に、こうして当然のようにごちそうしてもらう文化に、最初は戸惑ったけど、もう慣れた。

早絵が言うには、これは若い女の特権であり、男の人が自分の力を誇示するのをお手伝いしてあげているわけでもあるのだから。



『遠慮するほうが失礼なの、わかる?』

『何か見返りを求められたり、しないの?』

『小説の読みすぎ、誰だってそこまで即物的じゃないし、求められても気づかないふりすればいいの』



それがこういう場所のルールなの、と遊び慣れた彼女に言いきられると、そうなんですか、としか言えず。

お気に入りのバーテンダーに会いに通う早絵につきあって、このクラブに来るのも、もう何度目だろう。


早絵はここぞとばかりに、お酒をつくってもらう間、お目当てのバーテンダーと話してる。

軽薄さを装いつつ、早絵が実は、ちょっと本気でその人を好きらしいのが私にはわかる。

だからこそこうして、つきあいもするのだ。


ごちそうしてくれたビジネスマンの話し相手になりながら、頭は昼間の取材の記憶に戻った。

来週には記事が上がってくるはずで、修正はできないけれど、情報に誤りがないかだけは確認させてもらえることになっている。

そうしたら先生に、また連絡を取る必要がある。

楽しみでもあり、不安でもあり…。

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