ビタージャムメモリ
先生は脚を組むと、その上に頬杖をついて、「押しつけか」とぽつりと言った。



「あんなふうに思われてたなんてな…」



息を吐くようなそのつぶやきは、聞いているほうが痛い。

先生、歩くんも、本気じゃなかったんです。

ただちょっと、言いすぎただけで。


私はバッグを探って、名刺入れに入れていたカードを先生に差し出した。

かすみさんからもらったものだ。



「滞在を予定より延ばすので、明日からはそのホテルに移るそうです。歩くんに渡すよう言われたんですが、先生にお預けします」



先生はゆっくりとそれを受け取って、じっと眺めた。

もとより先生の頭越しに歩くんに渡すなんて考えていなかったので、ちょうどいい。

これをきっかけに、先生と歩くんが会えるといいんだけど。

きっとふたりとも、こんなふうにこじれたのは初めてで、仲直りの仕方がわからず戸惑っている。



「…姉もね、昔はあそこまで傍若無人じゃなかったんだ」

「かすみさんなりに、歩くんのことを好きなんだと感じました」

「そうだと思うよ。俺に対してもいい姉だったし、姉弟仲もよかった。ただ勢いが過ぎて、引っ込みがつかなくなって失敗することはたまにあった」

「今回のも、それなんでしょうか」

「歩にどう接したらいいか、わからないんだろうな」



仕方ない、といった感じに笑うのを見て、あれっと思った。

恥ずかしい身内にあきれるばかりなのかと思っていたのに。



「先生、お姉さんのこと、お好きなんですね?」



煙草をくわえた顔が、ぱっとこちらを向く。

心外だとでも言いかけたような表情は、やがて苦笑いに変わった。



「さっきも言ったように、仲はよかったんだよ」

「かすみさん、歩くんだけじゃなく、巧先生に拒絶されてるのもすごくショックなんだと思います」

「ちょっとくらいは自業自得だろう」



まあ、それもそうですが…。



「旦那さんは年度明けには日本勤務に戻るらしいんです。その時に、歩くんと暮らしたいと。滞在は年明けまで延ばせるっておっしゃってました」

「どうして延ばす気になったんだろう。俺にはほとんど脅迫みたいに、時間がないって言ってきてたんだけど」

「あ、それは」



ホテルの名刺を見ながら不思議そうに言う先生に、私は小声になってしまった。

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