ビタージャムメモリ
グラスを手の中で回しながら、落ち着かない気分で答えた。

みんなはヤマシタって呼んでいたけれど、私は先生の"巧"という名前が好きだったから。

他の人と同じでいたくないって気持ちも、あったのかもしれない。

とても本人には言えないけれど。

なるほど、と微笑して、先生はワイシャツの胸ポケットから煙草のケースを取り出した。



「…いつも、こんなふうに家で飲まれるんですか?」

「ごくたまにね」



スタンドの淡い光の中、ライターの炎に先生の顔が照らされる。

私は迷って、やっぱり打ち明けることにした。



「さっき、かすみさんとお会いしたんです」

「姉と?」



先生は驚いた声を出し、こちらを見た。



「何か言われた?」

「歩くんと話をしたいんだそうです。梶井さんと直接会わせたいみたいで、でも彼はそう長く滞在していられないらしくて」

「そう…」



煙と一緒にため息を吐いて、片手で顔を覆う。

気だるげなその仕草には、疲労が見え隠れしていた。

もしかして、こんなふうになるまで飲んできたのは、歩くんやお姉さんとのことがあったからなのかもしれない。



「…俺はね、本当に、歩が言ったようなことはないんだ」

「え」



見えている口元だけが動いて、そう言った。



「音楽方面に進みたい気もあったのは確かだけど、それは歩の思ってるような、ソリストになりたかったわけじゃない」

「お父さまが亡くなって、あきらめたって…」

「工学にも興味があったから、より堅実な方に行っただけだ。そもそも、音大を出たって誰もが演奏家になるわけじゃないんだよ。歩こそ、俺を理想化してる」



手が外されると、眼鏡の奥の瞳が見える。

それはいつもどおり、冷静で理知的な光をたたえていたけれど、ほんのわずかに、苦悶の色が混ざっている気がした。



「俺はまあ、技術はあったけど凡庸な、どこにでもいるバイオリン弾きだったんだ。歩は違う。でもあいつはまだ視野が狭くて、そのことに気づいてない」

「歩くんは、好きですよね、弾くの」

「それこそが歩の資質なんだよ。訓練せずに弾けてしまうのも才能と呼ぶけど、本当の才能っていうのは、練習し続けられることを言うんだ」


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