ビタージャムメモリ
そんなやりとりの翌日、柏さんから写真が送られてきたのだ。

初めて見る、先生たちの事業所での様子。

食堂や廊下、会議スペースなんかが背景になっている。

そして全員、開発部門の制服であるグレーの作業着だ。


作業着の下は、先生みたいにワイシャツとスラックスの人もいれば、チノパンの人もいる。

わりと自由なんだなあ、とじっくり観察してしまう。

特に先生は、そういう恰好だといかにも技術屋っぽくて、新鮮だ。


柏さんがカメラ小僧というのは本当らしく、楽しげで自然な一瞬を切り取った、いい写真ばかり。

みんな忙しいだろうに、ありがたい。



「どさくさで、社内報チームにあげちゃおうか、これ」

「許可なしはさすがにまずいかと…」



まあそうだよねえ、と野田さんが残念そうにする。

気持ちはわかるけど。

今をときめく新技術チームの、めったに見られない和気あいあいとした日常の姿だ。

せっかくなら全社に広めたいという広報部魂が騒ぐ。



「そういえば昨日、比留間(ひるま)さんが香野さんのこと探してたよ」

「比留間さん…て、産業エンジン事業部長のですか?」

「そう、新年の役員の挨拶回りで来た時に、香野さんはどの方ですかって。たまたま香野さん、いなかったんだけどさ」



比留間事業部長といったら、執行役員だ。

そんなクラスの人が、なぜ私を?



「何か用向きをおっしゃってました?」

「いや、また来るって言ってた」



なんだろう、と首をかしげつつ、使う写真をピックアップする。

どうしても先生の写真で手が止まってしまう。

たぶん本来は、撮られるのがそんなに好きじゃないんだろう。

控えめな写り方にそれが出てる。


でも柏さんの腕がいいのか、ふとした瞬間の、先生らしい優しい表情とか、堅いばかりに見えるけど実はそうでもないところとか、上手に捉えてある。

先生も、写真の目的が目的だけに、カメラから逃げずに頑張ってくれたに違いない。


特に私の気に入った、相手をからかっているような、親しげな微笑みを浮かべた一枚を見ながら思った。

氷なんてあだ名をつけた人は、センスがない。

先生は厳しいけど、冷たいわけじゃない。



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