ビタージャムメモリ
「巧兄、氷なんて言われてんの」
「そうだよ、有名なんだから」
「愛想ないもんなー、もっとにこにこしてりゃいいのにな」
そんな先生、気持ち悪い。
夕食の後、おやつを食べながら、歩くんとそんな話をする。
こんな光景も、すっかり日常になってしまった。
「これうまい、気に入った。明日も作って」
「でも板チョコ丸ごと入ってるから、すごいカロリーなの」
「俺、食っても太んないし」
ずるい…。
今日作ったのは、オレンジピール入りのチョコレートケーキだ。
小振りのパウンド型で作ったんだけれど、歩くんはこのくらいの量なら一日で食べてしまう。
こんなの二日連続で食べたら、絶対体重増えるよ、私。
「俺、この後バイトだから、遅くなる。これ残り持ってっていい? すっごい腹減るんだよ、あれやってると」
「包んであげる。12時前には帰ってくるんだよ」
「わかってるよ」
巧兄かよ、と口を尖らせる。
私も歩くんのバイオリンを聴きに行きたいけど、そう何度も無料で入れてもらうのも気が引けるし、あのサロンの正規の値段はたぶんとんでもない。
「またコンサートとか、ないの?」
「うーん、もしかしたら来月あたり、ライブやるかもだけど」
「えっ、どんな」
「普通にライブハウスで、インストバンドとして。たまにそういうグループいるじゃん、弦とピアノでポップとか、クラシックの現代アレンジやるみたいな」
「学校のお友達と?」
まさか、と指をなめながら歩くんが首を振った。
「通ってた教室つながりとか、バイト先で会った人とか、そういうのだよ」
「そうなんだ」
「俺、高校には仲間いねーもん」
きっと本人も意図せずに、その声には傷が見え隠れしていた。
それに気づいたんだろう、歩くんが、はっと視線を落として、気まずそうに背中を丸める。
私は見なかったふりをして、鍵持ってってね、と声をかけた。