ビタージャムメモリ

「さすがにそれは、変だよ」

「なんで? いいじゃんキスくらい、可愛いもん」



言いながらまたしようとしたので、思わず手で遮った。

するとその手のひらに甘く吸いつかれる。



「別に男は、巧先生だけじゃないんだぜ」



目を閉じた歩くんは、そのまま雑誌の表紙でも飾れそうなクオリティだった。

なめらかな肌、長いまつげ、すっと通った鼻筋。



「歩くんてば」

「来いよ、酒おごってやるから」

「でも」

「お前、真面目すぎんだよ、たまには弾けちまえって」



さっき口づけた手をそのまま握り、お店の入口へと私を引きずる。

私は不覚にも、また泣きそうになっていた。

こんなに優しくされるなんて思わなかった。


いつもみたいに、バカとか自業自得とか罵られて、とことんまで落ち込んだら、その反動で浮上できるかなと考えて来たのに。

どうしたの、歩くん。


歩くんは入口に立っているスタッフさんに片手を挙げて、私を無料で通すと、すぐにカウンターに行き、ドリンクをオーダーしてくれた。

バーテンさんがカウンターに置いた綺麗な琥珀色の飲み物を、歩くんがどうぞ、と手で示したので、素直に受け取る。

本当にごちそうしてくれるつもりだ。



「おいしい」

「仕事しすぎなんじゃねーの、今日は俺ラストまではいないから、途中で合流してやるよ、愚痴でも巧先生の悪口でも聞くからさ」

「そんなの、言いません」



歩、とふいにバーテンさんが声をかけた。

親指で指している奥のほうでは、女性のお客さんが飛び跳ねるように手招きしている。

そちらに向けて、歩くんは輝くような微笑を作ると、その表情のまま口の中で舌打ちをしてから女性のほうへ向かい。

うしろを通る時、さりげなく私の背中を叩いていった。

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